第二十話 槍天翔その真価
静かだった。空からは終わりに差し掛かった春が夏へと季節のバトンを手渡す前の陽光を降らせ、山に営巣でもしている鳥のさえずりが何とも間の抜けた牧歌的な音色を奏でていた。
まるで、平和というものの詰め合わせのような組み合わせがこの世界の真実であるかのようにただただ流れている。
人のうめき声と、静かに対峙する男二人の間で交わされる冷たい視線を除けば。
権藤資隆・齢二十四歳。少年によるバスジャック事件だの食品偽装事件だのといった、社会信用が失墜し人々の間でモラルや正義が揺れる年に生まれたものの、戦場とは程遠い平和な日本に生まれた男がいま対峙しているのは、奪い、襲い、犯すことを日常とする別世界の住人にして、悪魔のような達人技をその身に宿したクソ外道。
一手の誤りが死へと直結する達人同士の殺し合い。傍から見れば何もせずに、まるでこのナントの村に建てられた銅像かモニュメントのように、互いにじっとしているだけに見えるであろう。
測っているのだ。相手の力量を。
窺っているのだ。相手の出方を。
すり足でじりじりと態勢を変え、槍をゆっくりと動かし、視線で交わされる剣戟を幻視しているのだ。
既に何合交わされたのか。既に何手交わされたのか。まんじりとも動かない達人二人にしか見えない世界で、果たしてどれほどの死闘が繰り広げられたのか。時折ピクリピクリと微かに動く瞳のみが、その過酷さを知っているのかもしれない。
そして、ポタリと一滴の汗が落ちた。オウゼルの指がピクリと動いた。その瞬間、一直線に権藤が駆け出した。斜めでもなくジグザグでもなく、まっすぐ一直線に駆け出した。
弓を相手にまっすぐに。何故!?自殺行為である。あまりの重圧に権藤資隆は自暴自棄にでもなったのか!
すぐさまオウゼルの強弓が引き絞られ、恐ろしい速度で矢が放たれる。避ける、いや避けない!それでもまっすぐに駆けている。槍で弾くのか、いや弾かない!僅かに体を捻るだけで、その走る軌道はまっすぐ一直線のまま変わらない!
頬を掠め肉を裂き、まっ赤な一文字が口を開く。わき腹を貫き、赤い水玉模様を大地に描く。太ももに突き刺さり、その足を大地に縫い付けようとする。それでも止まらない。まるで痛みなど感じていないかのように、まるで命など惜しくないとでもいうように、オウゼルへと向かって走っている!
あの男、オウゼルとかいう男は達人。憎々しいくらいに達人。小手先のやり方ではじわじわといたぶられて終わるだけであろう。そうして考えた末に権藤が出した結論、それが一直線に進み討ち取るというシンプルな答え!
放たれる矢は、致命傷だけ避けられればよろしい。足に刺さろうが肩に刺さろうが止まらない。奴を討ち取るまで、絶対に止まらない。裂帛の咆哮を上げながら、グングンとオウゼルに迫る。
「ぬぉ!まだ死なんのか!?」
これにはオウゼルも予想外。まさか何も考えずにまっすぐに突っ込んでくるなど。馬の腹を蹴り たまらず距離を離そうとする。弓を使う以上、詰められた距離を取ろうとするのは当たり前の判断である。しかしそれが誤りだったのだ!
オウゼルは間違いなく高位の弓スキルを持つ達人。揺れる馬上にて正確無比に矢を射る事など造作もないことであろう。だが、それと馬の操作は別の話、トノイのような騎乗スキルを持たない故に馬を操るほんの数瞬、目が権藤から離れたのである。
そして地上の権藤へと向かって矢を放とうとしたその時、権藤の姿が消えた!忽然と消えたのだ!一体何が!?百戦錬磨のオウゼルの頭の中が白くなる。その脳裏には数瞬の間にスキル、魔法、様々な情報が駆け巡る。しかし、真実はそのいずれでもない!
「外道!討ち取ったり!!」
オウゼルの顔を赤い雨とともに影が覆った。飛んでいた!権藤は宙を舞っていた!
果たしてどうやって!?スキルでもない、魔法でもない。これこそは戦国の乱戦で馬上の敵将を討ち取るために磨かれた業!ドルドイ率いる兵士団の刃から逃れるために使った技『権藤流合戦術・槍天翔』その真の使い方である!!
「なにぃ!?なんだその動きは!」
全てを見下していた己よりも遥か頭上から槍の穂先が振り下ろされる。そして、その脳天を貫かれようとした寸前、まるで落馬でもしたかのようになりふり構わず、無様に大地に逃げた!
その顔は必死の形相。そこにはこれまでのような余裕も不遜も、遊戯のように楽しむ笑みなどない。戦場で追い詰められた戦士の顔である!
振り抜き伸びきった槍を、落下したまま素早く引き、今度こそ大地に堕ちた外道に引導を渡さんと突き出す。しかし、オウゼルもこのまま無様にやられる男ではない。
すんでのところで槍を躱し、落下の寸前に引き抜いた矢をナイフのように手に持ち、落下してくる権藤に止めを刺そうと振り抜いた。
間一髪!落下していく空中で体を捻り、まさに紙一重で躱し、素早く大地に受け身を取る。
砂埃が舞い、再び静寂が訪れる。距離が開いた。槍のものでもない、弓のものでもない絶妙な距離が開いた。達人同士が再び睨み合った。
しかし、そこに渦巻くのは先ほどよりも遥かに濃い、憎悪と漆黒の殺意がありありと見て取れるドス黒いものに変貌していた。
「久しぶりに、本当に久しぶりにほんのちょっぴりだけヒヤッとしたぜ?」
額に青筋を浮かべながら余裕を取り繕う。
「そうかよ、随分必死そうに見えたぜ?」
槍一本、矢一本。仕切り直し。そう思った。しかし、それは意外な提案で落ち着いた。
「やめにしないか?」
「あぁ?」
「俺は面倒は嫌いでね、このままお前さんと取っ組み合うなんて面倒なことはしたくないんだよ」
「俺は面倒上等だぜ?このままてめえをやっつけたくてたまらないからな」
「おいおいおい、血の気の多い坊やだな。だが奇遇なことに、お前をぶっ殺してやりてぇってところは一致しているぜ?」
「さっきから何をもったいぶってやがるんだ?さっさと言えよ」
「決闘だ」
「はぁ?」
「我々オウゼル盗賊団を始め、ここいら一帯の盗賊団同士が揉めた時に執り行う三対三の決闘!!その名も『アウトローズ・トライアンヴィラッド・トライアル(無法三頭試練 ) 』でなぁ!!」
「なにぃ!!アウトローズ・トライアンヴィラッド・トライアルだとぉ!?」
「お前のお友達ももう随分とまずいんじゃないのかい?だからこの提案は慈悲なんだぜぇ?お友達を助ける時間をわざわざ与えてやろうってんだからなぁ?」
「......この野郎、受けてやろうじゃねぇか。そのアウトローズ・トライアンヴィラッド・トライアル とやらをよ!」
「ははっ!決まりだな!他にお友達がいるかは知らんが、場所は追って使者を出して教えてやろう。それまで墓でも掘って慰め合っているんだな!」
最早戦う意思はない。そう示すように、手にした矢を捨てる。それに倣い権藤も槍を手放した。
「おっと、他はくれてやるがこいつだけは回収させてもらうぞ?お使い一つまともにできん奴だが、捨てるにはもったいないからな」
そういって、顔面に塗りたくられた鼻血をカピカピに乾かしたガスツを拾い上げ、再び馬にまたがった。後に残された権藤は走り去っていくその姿をただただ見送るほかなかった。
いまだ誰のものともつかないうめき声が響く中、ただただ立ち尽くしていた。




