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進撃の熊  作者: 赤虎鉄馬
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第8話 「崩壊」



倉庫の空気は、息が詰まるほど重かった。

停電で非常灯すら落ち、わずかなスマホの光だけが人々の顔を照らしていた。


その時――


「ギャァァアアアアッ!」


隣の通路から、悲鳴が突き抜けた。

全員が振り返る。

一瞬の沈黙。

そして、壁一枚向こうから響く肉を裂く音。


「やめろッ! 誰か助け――」

声は途中で途切れ、鉄と血の臭いが倉庫にまで漂ってきた。


少女が泣き出し、母親がその口を押さえる。

震えが広がる。

「もう……もうダメだ……」

若い男が崩れるように座り込み、頭を抱えた。



「落ち着け……落ち着け!」

警備員が必死に声を荒げる。

「シャッターを破られたわけじゃない、まだここは安全だ……!」


だが、その言葉は誰の耳にも届かない。

さっきの「犠牲」が証明していた。

安全など、どこにも無い。


「……俺たちは、餌なんだよ」

老人が呟いた。

「奴は……一度に全部を殺さない。少しずつ……遊ぶように……」


沈黙。

その言葉の重さに、誰も反論できなかった。



やがて、不穏な動きが始まった。

「もう我慢できん!」

若い男が立ち上がり、スマホのライトを掲げた。

「ここにいても、死ぬだけだ! 俺は出口を探す!」


「待て!」

止める声を振り切り、男はバリケードを動かし、通路へ飛び出した。


数秒後――


「……ひっ……」

廊下の闇から、男の悲鳴が短く上がり、止んだ。


残された者たちは声を失った。

あまりに早すぎる結末。


母親が嗚咽を漏らす。

少女は小さな声で呟いた。

「……やっぱり、お父さん来ないんだね……」


その声が、倉庫にいる全員の心を崩壊させた。



次第に、人々の間に疑心暗鬼が芽生える。

「泣き声を止めろ! 子どもがいるせいで見つかる!」

「黙れ! うちの子に触るな!」


押し殺していた恐怖が、次々に他者への敵意へと変わっていく。

互いに罵り合い、泣き叫び、もはや静寂すら守れなくなった。


その時――


――ドンッ。


再び、シャッターが叩かれた。

今度は一度きりではない。

リズムを刻むように、ゆっくりと、何度も。


人々の争いは一瞬で凍りついた。

熊は聞いていたのだ。

彼らが壊れていくのを、楽しむように。


「……あいつ……人間の心を……壊そうとしてる」

誰かの震える声が、暗闇に溶けた。





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