第7話 「二重の地獄」
. モール内部 ――生き残り
フードコートの裏の倉庫に、十数人が身を潜めていた。
シャッターを下ろし、商品棚を積み上げてバリケード代わりにする。
子どもはすすり泣き、年寄りは酸素ボンベを握り締めて震えている。
「……静かに、息を殺せ」
警備員の制服を着た男が囁いた。
彼の顔には血が飛び散り、手は震えていた。
外からは重い足音。
コンクリートに響く低い衝撃音が、少しずつ近づいてくる。
棚に隠れていた主婦が、思わず嗚咽を漏らした。
――ドンッ。
シャッターが一度だけ揺れた。
鉄板の軋む音に、全員が息を呑む。
熊は去った。
しかし、誰も安心はできなかった。
「……奴は、わざとだ」
警備員の声は震えていた。
「俺たちがここにいるのを分かってる……。逃げるのを待ってるんだ」
沈黙。
誰も反論できなかった。
---
全国の混乱
一方、街は急速に壊れていった。
スーパーからは水とカップ麺が消え、ガソリンスタンドには長蛇の列ができる。
「熊が都会に来るぞ!」
「モールで人が食われた!」
「ウイルスで進化したんだ!」
SNSとテレビが恐怖を増幅し、誰も真実を知らないまま逃げ惑う。
行政の避難勧告は機能せず、デマのほうが速く広がっていく。
ある都市では、銃刀法を無視して「自衛用の武器」を求める暴徒がホームセンターを襲った。
別の都市では「熊の出没」を恐れた住民が住宅街を放棄し、幹線道路を占拠した。
「戦争みたいだな……」
ニュースキャスターの声は震えていた。
---
再びモール内部
倉庫の片隅で、少女が小さな声で言った。
「お父さんは……助けに来るよね?」
母親は答えられなかった。
代わりに、奥に隠れていた老人が唇を噛み、震える声で呟いた。
「……もう、誰も来ん。国も、行政も、見ているだけだ」
突然、非常灯が明滅した。
停電。
闇に包まれた瞬間、再び――ドンッ。
シャッターが叩かれた。
今度は一度ではない。
二度、三度と規則正しく。
まるで扉を「ノック」しているかのように。
「……っ!」
誰もが凍りついた。
そのリズムは不気味なほど一定で、まるで挑発するかのようだった。
「……あいつ、遊んでやがる」
警備員の顔から血の気が引いていった。
---
全国の視聴者
テレビの画面には、震えるレポーターの声が乗っていた。
『現場からの情報です! モールの内部にまだ生存者が……!』
『しかし、熊は――熊は……扉を“叩いている”ように――』
スタジオがざわめく。
視聴者のSNSには新たな言葉が踊った。
> 「あいつ、人間の真似をしてる」
「遊んでる……理解してやってる」
「もう獣じゃない」
恐怖は、確信に変わりつつあった。