第5話 「閉ざされた箱」
ショッピングモールの自動ドアが、破壊音と共に吹き飛んだ。
ガラス片が宙に散り、照明の光を反射してキラキラと舞う。
その破片を踏みしめながら、巨体がゆっくりと進入してきた。
「ク、クマ……?」
誰かが呟いた声を皮切りに、モールは地獄と化した。
叫び声。泣き声。
ベビーカーを押す母親が必死に走り、子どもが泣き喚く。
フードコートの椅子が倒れ、トレーの上のパスタが床にぶちまけられる。
エスカレーターに群衆が殺到し、押し合いへし合いで人が転げ落ちる。
「やめろ! 押すな、押すなぁ!」
「子どもが! 子どもが下敷きに――!」
モール全体が巨大な罠のように機能し始めた。
出口は限られ、非常口は人波に塞がれ、逃げ場は次第に消えていく。
*
熊は進む。
鼻をひくつかせ、獲物の群れを見回す。
人間は面白いほどにパターンを繰り返す。
恐怖で群れ、恐怖で衝突し、恐怖で自らを傷つける。
「弱い……」
理解は言葉にならずとも、脳裏に確かな像を結ぶ。
その目が、一人の少年に留まった。
母親とはぐれ、泣きながら床に座り込んでいる。
熊は一歩、二歩と近づく。
足音に合わせて床が震え、天井の照明が揺れる。
「いやああああああッ!」
母親の悲鳴がフードコートの奥から響く。
しかし、人波が壁となり、彼女は子どもに辿り着けない。
*
「撃て! 撃てぇッ!」
警備員が拳銃を抜き、震える手で発砲した。
乾いた銃声。
弾丸は熊の肩をかすめ、血が散る。
――だが熊は怯まない。
むしろ、視線が鋭さを増していく。
理解していた。
「これは痛み。だが死には至らない。ならば――無視できる」
熊の爪が振り下ろされ、警備員が壁に叩きつけられた。
背骨が砕ける鈍い音と共に、彼の体は床に崩れ落ちる。
悲鳴がさらに膨れ上がる。
群衆はパニックの極致に達し、我先にと逃げ惑った。
モールの広場は、血と食べ物と倒れた人間で溢れ返る。
*
熊は立ち止まった。
涎に濡れた口元を舐め、血に濡れた爪を見下ろす。
――人間は、恐怖に支配されれば自滅する。
それを熊は“学んだ”。
次は、どこを壊せばよいのか。
どこを襲えば、この群れがさらに壊れるのか。
獣ではない。
もはや、計算する“捕食者”だった。