第3話 「抗う炎」
祭り会場から半刻ほど後。
集落にサイレンが響き渡った。
駆けつけたのは地元消防団、そして猟友会の面々だ。
「銃は持ったか!」
「子どもと女はもう避難させた! 残りは俺たちで抑えるぞ!」
ヘルメットと懐中電灯の光が揺れ、猟銃の金属音が夜気を裂いた。
逃げ惑う住民たちは安堵の声を上げる。
――だが、それは束の間の希望にすぎなかった。
*
熊は広場に残っていた。
血に濡れた毛並みを舐め、裂けた肉片を咀嚼しながら。
群れが逃げるのを追うこともなく、ただ静かに待っていた。
やがて近づく人間たちの足音を耳にし、熊の脳裏に新たな光が走る。
「強い者。武器を持つ者。……倒せば、群れは壊れる」
その理解は、もはや獣のものではなかった。
*
「いたぞ! 山側だ!」
懐中電灯の光が熊を捉えた瞬間、三発の銃声が轟いた。
鉛弾が毛を裂き、血が飛び散る――が、熊は怯まない。
呻き声すら上げず、視線だけを放った。
「お、おかしい……効いてねぇ!」
「もっと撃て!」
銃声が連続する。
だが熊は動かない。
ただ、狙撃のタイミングを“数えて”いた。
弾倉が空になる一瞬、足取りの乱れる一瞬――。
熊は闇を裂いて突進した。
咄嗟に盾代わりに構えた消防団の放水銃が、紙のようにひしゃげ飛んだ。
その背後の団員が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「た、助け……!」
呻く声を、熊の前足が容易く踏み潰す。
*
「退け! 退けぇッ!」
猟友会の男たちが必死に再装填するが、熊はすでに学んでいた。
――撃たれる前に遮蔽物に隠れろ。
――撃ち終える瞬間を待て。
――人間は、恐怖すると動きが鈍る。
まるで軍人のように動くその獣に、男たちは戦慄した。
「こいつ……考えてやがる……!」
震える声は、銃声よりも雄弁に恐怖を語っていた。
*
火の粉が舞い上がる。
倒れた屋台の炎が、熊の影を巨大に伸ばしていく。
その眼は赤く燃え、獲物を嘲るように光っていた。
人間たちの抵抗は、開始からわずか十分で崩壊した。
「退け! もう無理だ!」
「やめろ! 置いていくなぁッ!」
叫びと共に散り散りに逃げ出す男たちを、熊は追わなかった。
――“追い詰めれば、また戻ってくる”。
学んだ知恵が、そう囁いていたからだ。
熊は、静かに血のついた鼻を上げた。
次に狩るべき獲物を求めるように。