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進撃の熊 ― 第一話
山から熊が降りてきた。
珍しくもない光景に、人々は怯えながらもどこか慣れた様子でスマホを構えた。
「またニュースになるな」
「そのうち役所が動くだろ」
誰もが他人事のように囁く。
――まるで、この世界が今も“安全”であると信じ込むかのように。
しかし、その熊の目は、従来の野生とは違っていた。
獲物を探す動物の目ではなく、何かを“測っている”かのような光を宿していた。
原因は数日前、山奥の廃棄場に放り込まれた袋だった。
無造作に捨てられた医療廃棄物。血に染まったガーゼや、使用済みの薬品。
その匂いに惹かれ、飢えた熊は迷わずそれを喰らった。
本来なら命を脅かすはずの毒が、その熊に異様な変化をもたらす。
強靭な肉体に宿ったのは、理解してはならないはずの“知能”。
――そして、悲しいほどに冷酷な本能。
夜の里に、熊の影が忍び寄る。
それはもう、ただの獣ではなかった。