暴走
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敵機は、光の矢のように散開し、再びこちらを挟撃する軌道を取った。
その動きは混沌としているようで、よく見れば一定の“癖”があった。推進噴射の間隔、旋回の切り替えタイミング、シールドの再展開周期——全てをミリ秒単位で記録し、アイカが解析する。
「……パターン抽出完了。三秒後、左舷前方一二〇度に移動します」
「よし、そっちに罠を張る!」
俺は全砲門の火力を一方向に集中させるのではなく、粒子砲・ミサイル・ドローン網を異なる座標に配置し、あえて回避経路を限定するように設計した。
ハイペリオンが先行して右舷から牽制射撃を浴びせ、敵機の逃げ場を削る。
『こっちだってもうパターン読んでんのよ!』
マリナの叫びと同時に、敵機は狙い通り左舷前方へ。
そこには既に、ヘッジホッグの重粒子砲の照準がピタリと重なっていた。
「撃てぇぇっ!」
白色の閃光が空域を切り裂き、漆黒の機体を直撃。シールドが一瞬で蒸発し、機体外殻が灼熱の光に包まれる。続けざまにミサイルが突き刺さり、爆炎が花弁のように広がった。
残る一機も、味方の撃墜に動揺したのか軌道が乱れる。
その瞬間を逃さず、ハイペリオンの機首から高出力ビームが奔り、敵機を真っ二つに切り裂いた。
静寂——いや、別の場所ではまだ激しい戦闘が行われている。
だが、周囲から敵の反応が無くなると、全員がようやく息を吐いた。
『……ふぅ、マジで胃が痛くなる相手だったわ』
「油断するな、残骸を回収するぞ」
破片は真空の中、ゆっくりと漂っていた。だが近づくにつれ、その外殻の表面に刻まれた異様な紋様が見えてくる。それは旧帝国の徽章にも似ていたが、どこか歪み、増殖するような模様になっていた。
「……これは……」
アイカの声がわずかに低くなる。
「解析結果は後ほど提示しますが、これは単なる金属加工ではありません。外殻そのものが、有機的に成長しています」
背筋に冷たいものが走る。
ゴーストリンク——ただの兵器ではない。もっと深い、異質なものが背後にある。
そう確信するには、十分すぎる戦いだった。
「ゴーストリンク機体二機、撃墜されました」
「なんだと!?」
「残りの機体も徐々に被弾が増えています。このままでは全滅の恐れが……」
「リミッターを解除しろ」
「ですが!暴走の恐れがあります!」
「こちらが押されている。これしか方法はない」
「リミッターはゴーストリンク機体の制御機能でもあります!解除すれば装甲に使った生体金属が自立行動を始める可能性が!」
「実験では五機中三機は命令通りに動いたのであろう? それにこちらとは距離もある。暴走したとて、こちらが襲われる可能性は低い。やれ」
「あれはゴーストリンクが機能して生体金属が抑えられていたからです。数が減った今、暴走の危険も高まります。暴走すれば制御AIも生体金属に乗っ取られ、ただ暴れるだけの、怪物となり果てます。良いんですね?」
「……やれ」
「……了解しました。リミッター、解除します」
次の瞬間、残存する漆黒の機体は、表面から赤黒い光を迸らせた。
それは警告灯の赤ではなく、まるで生物の眼孔が光るような不気味な色。
外殻の亀裂から、蠢く金属繊維のようなものがのたうち、推進炎と一緒に噴き出す。
「ねえ……なにあれ……」
マリナの声が低くなる。
センサーに映る機影は、速度も機動も桁違いに跳ね上がっていた。
まるで、制御から解き放たれた獣が宇宙に放たれたように——。
そこからは地獄だった。
たった四機で数十の海賊艦を相手取り、なお優勢だった漆黒の機体が——赤く染まった瞬間、さらに速度を増したのだ。
『なんだ!? 色が変わったと思ったら急に速くなりやがった!』
『速くなっただけじゃない! こんな軌道、でたらめだ!』
予測も回避も意味を成さない、断続的な瞬間加速。
敵機は、まるで空間そのものを掻き乱すかのように姿勢を変え、死角から殺到する。
激しい戦闘で穿たれた装甲の裂け目さえ、表層を這う赤黒い繊維が蠢き、肉を塞ぐように覆っていく。
その動きは滑らかで、同時に生々しく、戦場にいた誰もが一瞬息を呑んだ。
光学センサー越しに映るその姿は——もはや戦闘機ではなかった。
無機と有機の境界を踏み越えた、宇宙を駆ける怪物。
そしてその怪物は、味方と敵の区別すらせず、ただ“最も近くの標的”を狩るために動き出した。
『くそ、被弾した!撤退する!』
『俺もだ!すまん!あとは任せた!』
歴戦の海賊たちも、怪物の前では哀れな獲物に過ぎない。次々と墜とされていく。
「あっちがやばい。援護に向かうぞ!」
「損耗率計算中……損耗率十二%、問題ありません。行けます」
「ハイペリオンはどうだ?」
「損耗軽微、燃料と弾薬は補給してほしいかな」
「すぐやる。アイカ」
「はい。整備ドローン展開。補給開始します」
「マリナ、補給の間だけでも休んどけ」
「そうする~。いやー、きっついねぇ」
「あれでもまだ本気じゃなかったってことか。想像以上だな」
「補給完了。これより海賊艦隊の援護に向かいます」
――戦いはまだ終わらない。
俺たちがたどり着いた時、そこはすでに怪物たちの“狩場”だった。
通信回線の向こうでは、海賊どもの悲鳴と罵声が入り混じり、爆発音が絶え間なく割り込む。
破壊された艦の残骸が、まだ火花を散らしながら漂っている。
「味方艦残存、十一。……まずい状況です、艦長」
「あんだけいたのに、もうこれだけかよ……」
『増援か!? 一機でも助かるぜ! こいつらマジでやばいっての!』
まだ息のある海賊たちは、状況がどうあれ戦意を失ってはいないらしい。歴戦の連中はしぶとさが違う。
……ただ、このままじゃ全滅は時間の問題だ。
援護に向かう途中、俺は一つの可能性に気づいた。
うまくいけば状況をひっくり返せる。――うまくいけば、だが。
「全員、聞いてくれ。作戦ってほどじゃないが……敵を減らせて、こっちも楽になる。そんな手がある」
短い打ち合わせのあと、海賊どもは笑った。狂気じみた笑顔で。
『聞いた時は頭おかしいと思ったが……作戦通りだ! 追っかけてくるぞ!』
――作戦は単純だ。怪物は近くの艦を無差別に襲う。なら相手をせず逃げ、獲物を旧帝国軍に“押し付ける”。
あとは勝手に潰し合ってくれる。
『問題は、追いつかれたら即死ってとこだがな!』
『全エネルギーをブースターに回せ! シールドも主砲も全部だ!』
『帝国軍にぶつかるなよ! うまく迂回して突っ込め!』
『よう、旧帝国軍のお兄さんたち。プレゼントだぜー!』
そういって海賊たちは旧帝国軍の艦隊へと突っ込んでいき、するり、と隙間を抜けて行った。
次の瞬間、赤黒い機影が闇を裂く。
それは推進剤を撒き散らしながら不規則な軌道で迫り、まるで生き物のように艦列の死角へと潜り込んだ。
「な、なんだあれは……機体か?いや、違う……!」
「防御陣形を――」
警告は爆炎にかき消された。一隻、二隻と瞬く間に沈む。
応戦するも、艦砲は空を切り、奴らの赤い残光だけが網膜に焼き付く。
「艦隊損耗率四十五%!このままでは文字通り全滅です!」
「わかっている!戦艦の速度では奴らを振り払えん。これ以上被害が増える前に、墜とせ!」
「はっ!」
旧帝国軍と怪物の激突を、俺たちは遠巻きに見ていた。
作戦を伝えていた帝国軍は攻撃を止め、静観に回る。
「案外うまくいくもんですね。艦長は何もしてませんが」
「ヘッジホッグじゃ追いつかれて即死だ。適材適所ってやつだ」
「ゴーストリンク機体、一機撃墜。旧帝国軍も粘りますね」
「このまま共倒れになってくれりゃ最高だな」
「……きっとそうなります。こちらから手を出さなければ」
やがて、戦場の光は次第に減り、静けさが戻りつつあった。
こうして俺たちは、ほとんど手を下さずに、この地獄を抜け出そうとしていた――。
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