ヘッジホッグ改装地獄編りたーんず
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マリア・クレスト宙域宇宙ステーション。
そこでは、アイカが勝手に予約していた研究室の増設工事が静かに始まろうとしていた。
……本来なら、それだけのはずだったのだ。
「艦長。ご報告です。本日より研究室区画の増設工事が開始されます」
「……ああ、それは知ってる。お前が勝手に申請してたやつだな。新しいAI解析機材を載せるって話だったか?」
「はい。必要なセキュリティと電力配線についても、すでに調整済みです」
本来なら、それで終わっていた――はずだった。
だが、“増設”という単語がクルーたちの耳に届いた瞬間。
それは、静かだった地獄の扉が、ゆっくりと軋みをあげて開き始めた合図だった。
「えっ、アイカおねえちゃんだけずるいの! わたしもおへやに、ぬいぐるみとかおきたい!」
「まぁ、それぐらいなら……」
「じゃあ私は部屋に冷蔵庫もう一台! あと酒蔵! 専用の保管庫がほしい!」
「おいちょっと待て、それは――」
「ついでに艦内バー改装希望~! どうせまた工事入るんだし、今のうちにやっちゃえば手間も一緒じゃん?」
「“ついで”って言うな。これ以上バーデカくしてどうすんだよ。工事費用もスペースも有限なんだよ」
「ならば私は、食堂にホログラムモニュメントの設置、高出力プラズマ炉も要求する!」
「お前ら全員、ちょっと黙れッ!」
……俺は知っていた。
研究室の増設が終われば、いつもの日常が戻ってくる――そんな希望が、どれだけ甘かったかを。
「とりあえず、キョウカのぬいぐるみは許可。それ以外は不許可だ。諦めろ」
俺がピシャリと通告すると、キョウカは「やったー♪」と嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
……が、それ以外の連中は当然ながら納得しなかった。
「ちょっとコウキ、それはないでしょーが! こっちは命かけて働いてんだよ? たまの贅沢がなんでダメなのさ!」
真っ先に文句を垂れたのはマリナだった。腕を組んで仁王立ち、声のボリュームも2割増し。
「贅沢じゃない、わがままだ」
「バーのひとつやふたつでがたがた言わないの! むしろ心の癒やしだよ癒やし!」
「コウキ、私も異議ありだ! 新規研究室の増設を認めた以上、私の要求も対等に扱われるべきだろう!」
「お前の要求、“ホログラム神殿”って書いてあったけど、どこにそんなの建てる気だよ!」
「食堂に! 日々のインスピレーションが研ぎ澄まされるのだ!」
「邪魔だっつってんだよ!!」
「おにいちゃん、ぬいぐるみはこれとこれと……あと、こーんなおっきいのもほしい!」
無邪気な笑顔でタブレットを見せてくるキョウカ。
表示されていたのは――ソファを占領しそうな特大サイズの“宇宙くまたんMk.Vぬいぐるみ”。
「でかいな!? それ、普通に家具じゃねぇか……」
「あたらしいおともだち♪」
「はいはい、わかった。で、お前ら二人は諦め――」
「断固拒否!」
「断じて容認できん!」
「……はああ……」
「……一人一つだけだ。それ以外は認めない。それでいいな」
「よっしゃ!じゃあ酒蔵追加で!」
「食堂にホログラム神殿を!」
「また面倒なものを……」
――こうして、ヘッジホッグ改装地獄編第二章が始まるのだった……
「よし、ホログラムモニュメントはそこに置いてくれ。あと、この空スペースにプラズマ炉を――」
「ここに酒蔵ね。あと、冷蔵庫も運んで。場所はこの部屋ねー」
「おい、なんか増えてないか?」
「気のせいじゃない?」
「んなわけあるか。要望は一つまでって言っただろうが」
「え?“酒蔵と冷蔵庫でワンセット”って認識だったけど?」
「ダメに決まってるだろ!それなら“艦載機とドローン”だってワンセットになっちまうじゃねえか!」
「では私も“神殿とプラズマ炉もワンセット”と言うことで――」
「却下だ!」
「なぜだ!プラズマ炉からエネルギー供給を受けて作動するホログラムにすれば実質ワンセットに――」
「なるか!」
俺の怒声がマリア・クレストのドック内に響き渡る。
だが、それでも作業員たちは淡々と要望通りにホログラム装置を設置し、プラズマ炉を設置し、酒蔵も設置、冷蔵庫も運び込まれていく。
「なんでもう作業がここまで進んでるんだ?」
「実はアイカ経由で申請通しちゃってるんだよね。ごめんねコウキ。もう遅いんだよ」
「マジかよ……」
ヘッジホッグの改装は、完全に俺の手を離れてしまっていた。
「艦長さん、このバー区画の改装、終わったんでチェックお願いします」
「え?」
「え?」
「……俺、そんなの聞いてないんだが?」
作業員が手に持っている端末を見せてくる。そこには、確かに俺のサインが入った改装承認書が表示されていた。
「でも、ここに艦長さんのサインが……」
「待て、そんな書類にサインした覚えは――」
「私が申請をしておきました。艦長の名義で」
「……アイカ、お前か……!」
「効率を優先しました。“艦内の娯楽設備拡充による心理的ストレスの緩和”という名目であれば、予算の枠内で問題なく通せましたので」
「予算を組んだのは誰だ?」
「私です」
「それもお前か……」
「ところで艦長、このラウンジバーには“艦長専用のVIP席”もご用意してありますので、ぜひご利用を」
「やめろ。俺はそんなもの欲しくない」
「すでに設置済みです。良かったですね、艦長」
「良くねえよ……」
「疲労値が上昇しています。せっかくなのでVIP席を利用されてはいかがですか?」
「誰か、誰かこいつら止めてくれ……」
「ちなみに、艦長専用席には“音声認識で自動でおつまみが出てくる機能”と“リクライニングマッサージ”が搭載されています」
「いらねえって言ってんだろ……!」
「先ほど疲労値の上昇が確認されましたので、自動的にリラックスモードを起動します」
「やめ――」
――ふわりと倒れた背中が、極上のクッションに沈みこむ。
「おい……これは……まさか……」
「“艦長、いつもお疲れさまです”の音声メッセージとともに、癒しのアロマが噴霧されます。リラクゼーションモード、開始」
「……くそ……なんだこの……無駄に……気持ちいい椅子……っ」
気づけば、コウキはその場で沈黙していた。
その姿を見て、マリナが酒を片手にニヤリと笑う。
「結局、座るんか~い」
そして――
こうして、“宇宙一快適な海賊船”計画は、誰にも止められなくなっていくのであった。
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