歪んだ継承者
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狭く急なメンテナンスシャフトを降りる。
足元は薄暗く、湿気がこもる金属の壁が冷たく光る。
俺たちの呼吸音と、遠くで微かに響く機械音だけが空間を支配していた。
「このシャフト、想像以上に長いね……」
「古い設計だからな。油断すると変な罠とか仕掛けてあるかもしれんぞ」
「わかってるって」
進むほどに、熱源反応は強まっていく。
そして、やがて俺たちは“封印区画”と呼ばれるエリアの扉前にたどり着いた。
「……ここがか」
「この先に、“主”がいるのかもしれないな」
『セキュリティロックが強固です。手動解除が必要です』
「くそ……一筋縄じゃいかねぇな」
だが、そこには制御用のパネルがあり、俺は躊躇なくアクセスを試みる。
「行くぞ、マリナ」
「おう……」
扉がゆっくりと開く。
その先に広がっていたのは──
一体のゾンビが端末を操作していた。それは次々と培養槽に保管されていた生物を外へ出し、誘導しているようだった。
「こいつが犯人かよ……とりあえず倒すぞ。これ以上敵を増やされたらたまらん」
俺はライフルを抜き、ゾンビを撃つ。びしゃり、とゾンビは倒れた。
「これで敵はもう増えないな。まぁ、まだいっぱいいるんだろうが」
俺は倒れたゾンビのそばに近づき、制御端末をじっと見た。
「……まさか、こいつが操作してたのか?」
「ゾンビが端末を……? そんなこと、あるの!?」
『生体信号の反応は極めて低いですが、脳波に類似したパターンを検出しました。通常のゾンビとは異なる神経制御が働いている可能性があります』
「つまり、このゾンビは……ただのゾンビじゃないってことか」
マリナが唇を噛み締める。
「これ、調べてみない?」
そういってマリナは端末を指さす。
「そうだな。何かあるかもしれない」
「被検体No.00、これだな。ログは……」
「ほとんど残ってないね。これは……消されてる?」
「それに劣化してほとんど見れないな。かろうじて生きてるのは……」
《研究ログNo05・被検体No.00kyouka 適合実験》
ノイズ混じりの映像が再生される。
白い部屋。そこには、ひとりの幼い少女がいた。
その表情は、あどけない。だが、何かを怖れているようにも見える。
「……このこ、しゃべらないの?」
少女の視線の先には、無機質な生体ユニット。
ところどころ機械化されており、どこか人間のようで、獣めいたそれは、じっと少女を見つめている。
『名前をつけてあげて。キョウカの、お友達だから』
声の主は映らない。研究員と思しき女性の声だけが、機械越しに響いていた。
少女は小さくうなずき、ぽつりと呟いた。
「いちばん……ちゃん。だって、いちばんはじめのおともだち、だから」
その言葉に反応するように、機械生命体が、微かにまばたきのような動きを見せる。
『記録開始:被検体00と01の初期適合反応──良好』
そこで映像はぶつりと切れた。
「……今のって……」
「ああ……キョウカと、01の“出会い”……かもしれない」
『映像には時刻記録が含まれていません。保存日時の改ざん、もしくは消去が行われている可能性があります』
「つまり、いつの記録かは──誰にもわからない、ってことか」
「ふざけんな……子どもを、あんな……」
「……進もう」
俺たちは再び足を進めた。
『止まってください。』
俺たちの進行を止めるアイカの声が、通信機から静かに響く。
「なんだ?」
『この先の扉から多数の熱源を確認。おそらく敵が集まっています』
「どんな部屋かわかるか?」
『……どうやら格納庫のようです。先ほどの強化個体01の反応もあります』
「格納庫か……ってことは、あいつらがそこで“集合”してるってことか」
「全員揃ってしまったら厄介だな」
「慎重に行くしかない。準備を整えろ」
俺たちは壁際に身を潜め、武器の準備を整える。
遠くから、鉄の扉を軋ませる重低音が響き始めた。
「いよいよか……」
息を殺し、俺たちは扉の前に立った。
「アイカ、武器も弾薬も心配だ。補充と、増援を頼む」
『了解。サポートドローンと戦闘用ドローンを送ります』
「頼む」
数分後、ステーション内の空調ダクトから微かな羽音が聞こえ、黒い影が滑るように接近してきた。
二機のドローンが俺たちの目の前で静止し、一機はサポート用のコンテナを展開、もう一機は周囲に警戒態勢を取る。
「マリナ、弾薬の補充、装備の点検しておけ」
「りょ~かい。化け物にかじられたくないからね」
マリナは肩のパッドを外し、追加マガジンをポーチに詰め込む。
「コウキ、あんたもちゃんと詰めときなよ。撃ち切ったらただの棒よ?」
「言われなくてもやってる」
俺も慎重に弾倉を入れ替え、スリングの点検を済ませる。
ドローンが残した最後の小型グレネードもポケットに忍ばせた。
『補給完了。ドローンは待機状態に移行。必要に応じて再出撃可能です』
「よし……」
俺たちは改めて格納庫の扉に向き直る。
「ここから先が正念場だ。覚悟はいいか?」
「とっくにできてる」
俺たちは一度だけ目を合わせ、扉の解除パネルに手を伸ばした。
扉がゆっくりと開く。
ギイ……という金属の軋む音が、やけに大きく響いた。
格納庫の内部は、まるで生体の心臓のように湿り気を帯びていた。
赤い照明が断続的に点滅し、その奥に──無数の異形たちが立ち尽くしていた。
「っ……数が多すぎる……」
培養槽から出た実験体たちが、まるで兵士のように整列している。
そして、その中央。
段差の上で、両腕を高く掲げ、声を張り上げるひとりの男がいた。
「目覚めよ、我が遺産たちよ! この日を、どれだけ待ちわびたか──!」
マリナが思わず息を呑む。
「誰、あれ……? 人間……よね?」
男はまだ若い。二十代の半ばほどだろう。
だがその目は異様に光り、狂気に満ちていた。
「我こそは、この研究区画の正当な後継者。祖父が築いた帝国の“未来”を、今こそ再現するのだ!」
俺は即座に通信を開いた。
「アイカ、あいつは誰だ?」
『顔認証……一致しました。元帝国研究員・エルネスト・ルゼフ博士の孫、リド・ルゼフ。死亡記録はありません。消息不明とされていました』
「このステーションの研究者だった奴の、孫だと……!?」
マリナが声を荒げる。
「待って。あいつ、まさか──実験、再開する気……!?」
「そのまさかだろうな……」
男──リド・ルゼフは、異形の群れの中、中心にいる01の肩へ手を置く。
それは、まるで“娘”を導く父親のような仕草だった。
「お前たちは失敗なんかじゃない。帝国はお前たちを恐れた。だが私は違う──この手で、お前たちを完成させてみせる!」
01の目が、わずかに揺れる。
「……コウキ、01の奴、あいつの命令……聞いていない?」
「ああ……なんか違和感がある」
リドはさらに声を張る。
「“被検体キョウカ”──No.00も必ず回収する! 彼女がいなければ、実験は完全にはならない!」
その瞬間、01の視線が、ゆっくりとリドから逸れ──俺たちに向いた。
「……きょ……うか……」
その声は、先ほどよりも、はっきりしていた。
リドは両手を広げ、陶酔したように叫ぶ。
「実験はまだ終わっていない! 00、そして01──お前たちは私の手で完成されるのだ!」
だが──そのとき。
01がゆっくりと、リドの方を向いた。
その瞳には、迷いがあった。けれど、確かな“意志”も宿っていた。
「……きょうか……まもる……」
「……あ?」
リドが言葉を失う。
次の瞬間──
01は跳んだ。
鋭利な腕が閃き、リドの首元に叩き込まれる。
「なっ──ぐ、あ……っ!?」
リドの体が吹き飛び、床に叩きつけられた。
その瞳から、最後の光が消えていく。
「……今の……!」
マリナが声を詰まらせる。
『戦闘用個体01、制御プロトコルを逸脱。独自判断で行動を開始しています』
「……いや、これは──判断じゃない。“意志”だ」
俺は見ていた。
01のその目が、ただ命令を受ける機械ではなく、“キョウカ”を覚えている誰かのように──確かに、光っていた。
そして、リドが倒れた次の瞬間。
01がゆっくりと格納庫の中央に立ち、残る実験生物たちを見渡した。
「……不要……敵……排除……」
その声は、低く、機械的でありながら、どこか感情のこもった響きを持っていた。
直後。
異形たちが、互いに牙を向け始めた。
「な、何が……!?」
「こいつら同士で──殺し合ってる!?」
培養槽から生まれた獣たちが、喉を鳴らし、鋭い爪で仲間を引き裂いていく。
『01が優先順位の上書きを行いました。“キョウカを脅かす存在の排除”──それが、いま彼らの命令です』
「……キョウカを守るために、“同族”まで……」
俺たちは、しばし言葉を失った。
格納庫の中で繰り広げられる、異形たちの死闘──
その中心で、血に染まりながらも、じっと動かずに立つ01。
その姿はまるで、キョウカを守るために生まれた“騎士”のようだった。
──だが、その騎士の背後で、格納庫の床が、わずかに軋んだ。
第三階層の“さらに下”に、何かがいる。
その気配だけが、次の地獄を予告していた。
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