闇に潜む真実
評価&応援ありがとうございます!
通路の奥から迫ってくる足音は、さっきのゾンビとは明らかに違っていた。
重く、速く、鋭い。
「来るぞ……! マリナ、構えろ!」
前方のゾンビ型個体はピタリと動きを止め、まるで“何かを待っている”かのように立ち尽くしている。
──そして、闇の中から何かが飛び出した。
「速いっ……!」
それは獣のように跳ね、壁を蹴って天井を走る。
金属のような骨格、しなやかな四肢。少女の面影を宿す顔。研ぎ澄まされた殺意をまとった、明らかに“異質”な個体だった。
「……強化型かよ!」
マリナがライフルを放つも、それは壁を滑ってかわす。
「避けた……!? ゾンビとレベルが違う!」
「マリナ、右──!」
俺は閃光弾を投げつけ、直撃。閃光の中で一瞬その動きが止まり、俺は迷わずライフルを撃ち込む。
だが──倒れない。
「しぶといな……!」
ピピッと通信機から、アイカの冷静な声が聞こえた。
『こちらアイカ。映像確認中──コウキさん、マリナさん、その個体は“記録データNo.01”。キョウカさんの後に設計された試作個体の可能性があります』
「“01”……って、妹分ってこと……」
マリナが歯ぎしりをする。
「コウキ、こいつ、ただの敵って感じじゃない……“何か”探してる目をしてる」
動きながら、俺も感じていた。
あの目は、俺たちに向いているようで、何かを見失った者のような──迷いの色がある。
「アイカ、そいつに記憶は残ってるのか?」
『断定はできませんが、深層命令に“対象キョウカへの接触”が記録されている可能性があります』
「やっぱり……キョウカを、探してるのか」
強化型──“01”は、再びこちらを見た。
そして、動きを止めたまま、小さな声で、かすれた音を漏らす。
「……きょ……うか……?」
俺とマリナは顔を見合わせた。
「マジで……名前を……?」
『発声パターン記録完了。間違いありません。対象は“キョウカ”を明確に識別しています』
「こいつ、本当に“記憶”を……?」
そのとき。
『警告。第三階層で新たな起動反応。生体反応──高出力、識別コード不明』
「またかよ……!」
“01”は突然こちらに背を向け、第三階層への通路へと走り出した。
俺たちが追おうとした瞬間、隔壁が降りてくる。
「ちっ、閉じられた……!」
『第三階層、独立防衛モードに移行。強制封鎖されました』
通信越しのアイカの声は変わらず冷静だが、その内容は最悪だった。
「マリナ、あいつ、あっちに何か“主”みたいなのがいるって顔してたな」
「……ってことは、これが終わりじゃないってことね」
俺たちは、しばしその隔壁を見つめていた。
その向こうで、また何かが──目を覚ましている。
俺たちは隔壁の前でしばし沈黙し──そして、息を整えながら、現状を振り返ることにした。
「とりあえず……いったん情報を整理しよう」
「そうね。正直、頭こんがらがってきたわよ……」
『了解です。通信安定しています。記録と同時に整理開始します』
俺は指を折りながら、ゆっくりと確認していく。
「まず──このステーション内に残ってた化け物たちは、共通して“キョウカを探してる”。これは間違いないな」
「行動パターンも、接触ワードも、明確に“キョウカ”だったわね。ゾンビみたいなやつも、強化型も」
『分析結果から見ても、深層プロトコルに“対象:被検体キョウカ”が多数存在していました』
「次に──誰かが、このステーション内部で意図的に培養槽を開けた。複数個体を解放してる。これも事実だな」
「外部アクセスの痕跡は無いってアイカが言ってたし、内部の誰か……もしくは、“何か”が動いてるってことよね」
『セキュリティログに複数の手動起動記録があります。すべて第三階層経由。現在もアクセスが継続しています』
「そして最後に──目覚めた個体は、すべて“第三階層”に集まっている。そこに何かある。何かが、目を覚ました」
『現在、複数の熱源反応が第三階層に集中。明らかに“誘導”されています。中心にある反応は他と異質です』
俺は隔壁の先に視線を向ける。
「たぶん──俺たちが相手にするべき“本丸”は、その奥にいる」
マリナが肩越しに振り返る。
「問題は、どうやってそこに入るか、ね」
『第三階層は完全封鎖されています。ですが、古い管理アクセスルートが残っている可能性があります。探索を再開しますか?』
俺はしばらく黙っていた。
頭に浮かぶのは、キョウカの顔。
あいつは、こんな“過去”と無関係でいるべきだ。でも──
このまま放っておいたら、いつかこの化け物どもがあいつを探しに“外”へ出てくる。
そうなる前に、ここで決着をつける。
「……ああ。続けよう、アイカ。次のルートを探してくれ」
『了解。第三階層への非公式アクセスルート、検索開始──』
そして俺たちは、再び闇の中を進み出す。
ステーションの心臓部に、何が眠っているのかを確かめるために──
『第三階層への非公式アクセスルート、検索完了。位置情報を送信します』
アイカの冷静な声が通信越しに届いた。
「……見つかったか」
『はい。北区画のメンテナンス用シャフトを経由し、制御層を迂回するルートです。古いルートのため、自動セキュリティに検知されにくいはずです』
「ただし、古いルートってことは……危険度も高い、ってわけね」
「マリナ、今さら怖がるような性格だったか?」
「ふん。やれるもんなら脅かしてみなっての。幽霊は勘弁ね」
俺たちはホログラムの少女の姿が消えた通路を引き返し、北区画のシャフトへと向かった。
途中、狭い通路を抜けた先で、古びた制御室の扉が見えた。
『その部屋、ルート中の交差点に該当します。制御系の中継室のようです。何か手がかりがあるかもしれません』
「よし、入ってみるか」
重いドアを開けると、埃とオゾンの匂いが混じった空気が迎えた。
ほとんどの端末は通電しておらず、唯一稼働していたのは中央の記録装置だけだった。
「……何か再生できる?」
『記録データがあります。最終ログを再生します──』
ノイズ混じりの映像が浮かび上がった。
ブレた映像の中に、白衣の大人たち、そして……小さな影。
「あれ……キョウカ……?」
マリナが息を呑む。
そこに映っていたのは、確かにキョウカによく似た少女だった。
だが、ほんの少し髪が短く、表情も幼い。
彼女はもう一人の存在──暗い培養槽から出てきた、異形の少女の手を、優しく取っていた。
《──ナンバー02、もう怖くないよ。わたしがついてる──》
映像はそこで途切れた。
「……なに、今の……」
「アイカ。あれ、本当にキョウカなのか?」
『映像データの識別は不完全です。しかし、“キョウカ以前のデータ”と一致率86%。被験体00、試験初期段階と推測されます』
「じゃあ、あれは──“キョウカの記憶”か……?」
「それとも、“もうひとりのキョウカ”……?」
答えは出ない。
だが、たしかに、キョウカはこのステーションで誰かと出会い、何かを託した。
「行こう。まだ何かが残ってる」
「……うん」
俺たちは制御室を後にし、再びメンテナンスシャフトを進む。
その先に、“封じられた何か”があると知りながら──
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
もし「続きが気になる」「ちょっと面白かったな」と思っていただけたら、
★評価・ブックマーク・感想など、どれかひとつでもいただけると励みになります!
あなたの応援が、物語をもっと広げてくれます!
次回もどうぞ、お楽しみに!




