再適応プロトコル
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通路の奥、うっすらと光るホログラムの少女がこちらを見つめていた。
笑顔を浮かべているのに、その目はまるで冷たい計測器のようだ。まばたき一つせず、ただ“こちらを検査する視線”。
「……こいつ、前よりずっと生々しいな」
「演出、ってレベルじゃない。あの目……“誰かを識別してる”感じがするわ」
ホログラムがゆっくりと手を差し出してくる。
『再適応プロトコル、進行中。対象個体の確認──記録データNo.00、被検体キョウカ……応答なし。探索モードへ移行』
「探索モード……?」
「アイカ、通信状況はどうなってる?」
『不安定です。ホログラム出現と同時に、内部ネットワークが再起動しました。セキュリティレベルが上昇しています』
「……内部が“目を覚ました”ってわけか」
「生き物じゃないんだから、勝手に動くなってのよ……」
ホログラムは無言のまま、くるりと背を向けて滑るように歩き出した。
その動きはあまりにも滑らかで、まるで幽霊のようだった。
「……やっぱ怖い!なんなのよこれ!」
「演出って言っても、職員のセンス疑うな……」
幽霊案内人に導かれるようにして進むうち、俺たちは見覚えのあるエリアへたどり着いた。
以前、キョウカを回収した実験室エリアだ。
「ここ、たしか……」
「キョウカちゃんがいた場所、よね」
「気をつけろ。あそこにいたやつらが動き出したんだとしたら、面倒だぞ」
「了解。ドア、開けるわよ」
その瞬間──
『警告。封印個体・第四培養槽、解放確認』
「なんだ!?」
「培養槽って……まさか、あの気持ち悪い奴ら?」
「アイカ、どうなってる!」
『……制御系プロトコルが書き換えられています。意図的な操作です』
「外部からのアクセスか?」
『いいえ。内部からです。……このステーションに、誰かがいます』
「“誰か”って……まさか、まだ生き残りが?」
「……いずれにせよ、急いだ方がいいな」
ドアを開けると、冷たい人工照明の中に並ぶ培養槽が見えた。
だが──そのすべてが、空になっていた。
「全部……無くなってる……」
「誰かが持ち出したってこと? それとも、勝手に……?」
「マリナ、後ろ!」
俺は反射的にライフルを構え、トリガーを引いた。
甲高い鳴き声とともに、鋭利な爪を持つ異形の生物が床に倒れこむ。培養槽にいた実験体の一体だ。
「っ……ありがと……!」
「まだいるかもしれん。油断すんな」
「……コウキ、あれ」
マリナが指差すのは、部屋の隅──
唯一稼働状態を保っていた古い培養槽。その中に、青白い液体に包まれて、何かが浮かんでいた。
小さな影。だが人間とは違う。輪郭が曖昧で、機械とも有機体ともつかない。
『対象:分類不能。識別中……識別エラー。再構築プロトコル起動』
「また“プロトコル”かよ……!」
「コウキ、これ……なんか嫌な感じがするわ」
警告灯が赤く点滅を始める。
同時に、部屋の奥で何かが──軋んだように、動いた。
そして、その影は口を開いた。
「……き……ょ……う……か……?」
俺たちは、顔を見合わせた。
キョウカはこの場にいない。それなのに、なぜその名が発されたのか。
「……おい、アイカ。今の、記録しとけ」
『はい。音声パターン……登録完了。“発話主:不明”』
このステーションは、確実に“目を覚ました”。
だが、それだけじゃない。内部には、何かが“ずっと”残っていた。
──そして今、それがキョウカを求めて、動き始めている。
「こいつはいったい何なんだ?」
青白い培養液の中で沈黙を保つ影を睨みながら、俺は呟く。
「アイカ、何かわかるか?」
『ドローンをそこの制御端末につないでください。調べてみます』
言われるままに、肩に載せた偵察ドローンを操作し、伸びたケーブルを壁の端末に差し込む。
数秒後、端末のモニターがノイズ混じりに明滅した。
『スキャン中……完了。これは“強化実験個体・ナンバー02”のようです。詳細は、データの破損により確認できませんでした』
「ナンバー02……?じゃあ、他にも……?」
「最初の“00”ってのがキョウカだったってことか?」
俺たちは思わず顔を見合わせる。
そして再び、培養槽の中の影に目を向ける。今のところ、微動だにしない。
「こいつは動かないのか?」
『現状、起動プログラムは作動していません。今のところ、安全です』
「“今のところ”ってのが一番怖ぇんだよな……」
マリナが肩をすくめて、銃のセーフティを外す。
「いつ動き出すかわからないってことだな。はやいとここの部屋から出た方がよさそうだ」
「賛成。さっさと出よ、この部屋」
俺たちは慎重に後退を始める。
その瞬間──
「……ん?」
微かに、後ろで“何か”が泡立つ音がした。
俺は反射的に振り返ったが、影はまだ静かに培養液の中で眠っている。
だが、わずかに──本当にわずかに──その指先が、動いたように見えた。
「……気のせい、だよな?」
誰も答えなかった。
だがその沈黙が、何よりも不吉に思えた。
俺たちはさらに奥へと進む。
途中、いくつかの部屋を覗いてみたが、培養槽はすべて空だった。
それが元々なのか、最近になって中身が“出て行った”のか──判別する手がかりは残っていない。
「しかし、あの部屋だけでも10体はいたはずだよな? まださっきの1体しか遭遇してないんだが、どこ行ったんだ?」
『熱源はこの先です。複数の反応あり、気を付けてください』
「気をつけろって言われてもな……」
そのときだった。
「コウキ……この先、何かいる……」
マリナが低く、唸るような声で呟いた。
俺は息を殺し、ライフルを構えてゆっくりとドアに近づく。
パネルに手をかけ、静かにスライドさせる──
そこには、人影があった。
「……誰だ!」
俺の声に反応するように、それはゆっくりとこちらを向く。
皮膚は爛れ、乾ききってひび割れている。
一部の骨は露出し、眼窩は濁った光を湛えていた。
口が開く。「あ゛あ゛……」という、くぐもったうめき声が漏れる。
「……ゾンビかよ……」
人間のようで人間じゃない。明らかに“異常”な姿。
だが、武器も装備も持っていない。反応も鈍い。
「生きてるのか?いや……これ、生きてるって言えるのか……?」
「アイカ、解析できるか?」
『……これは、かつての被検体のひとつです。生体維持が異常な形で続いているようです。外部刺激への反応は遅く、戦闘能力は不明』
「不明ってのが一番困るんだけど……」
そのときだった。背後の通路の奥から、似たようなうめき声がいくつも重なって響いてきた。
「っ……こっちにも反応あり!」
「コウキ、囲まれる!」
俺たちは素早く陣形を取り、狭い通路を背にしてライフルを構える。
目の前のゾンビが一歩、また一歩とにじり寄ってくる。
その動きはぎこちなく、だが確実に“こちらを認識して”いる。
「……ただのゾンビじゃねぇな。こいつら、見えてる」
「見えてるってことは……思考してる?」
『再適応プロトコルにより、低次行動命令が再起動されている可能性があります。目的は“対象:キョウカ”への接近かと』
「……キョウカを探してるのか、こいつら……!」
その瞬間、背後で大きな物音がした。
振り返ると、通路の奥から“別の何か”がこちらに向かってくる──
より速く、より鋭く、そして明確な敵意をもって。
「来るぞ……! マリナ、アイカ、構えろ!」
戦闘が、始まる──
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