沈黙のステーション
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朝日が差し込むコテージの窓辺で、波の音がかすかに聞こえる。
カーテン越しに揺れる光が、まるで昨日の夢の残り香のように揺れていた。
「……うーん、あとごふん……」
布団の中でキョウカがもぞもぞと動く。寝癖のついた髪をかきむしりながら、くるりと寝返り。
「起きろー。もうチェックアウトの時間だ」
「むぅ……バカンスって……ずっとつづかないの?」
「そんなものは幻想だ」
ベッドの端に座ったまま、俺は荷物を詰め直す。アイカは既に身支度を整えて静かに立っている。
マリナの姿は、ない。
「そういや、マリナは?」
「──別室で休ませています。昨夜のバーでの飲酒量は、通常許容量の三倍を超えていました。現在、若干のアルコール臭を発しております」
「だろうな……あのまま同室だったら酔いがうつりそうだった」
「それでも、先ほどは『まだ飲める』と呟いておりました」
「……さすがマリナだな」
苦笑しつつ、俺は最後の荷物をバッグに詰めた。
「チェックアウト後、艦へ戻る予定で問題ないな?」
「はい。帰還プランは既に設定済みです。移動艇が十五分後に到着します」
「わかった。……アイカ、そろそろ“例の通信”を開く準備をしておけ」
「はい。全員の状態が整い次第、開示します」
──楽しかった休暇は終わった。
次に待っているのは、宇宙海賊としての日常。
どんな任務だろうと、俺たちはまた、そこへ戻っていくのだ。
「この度は当リゾートをご利用いただきありがとうございました。またのご来星をお待ちしております」
「ありがとよ」
「バカンスもこれで終わりかぁ」
「もっとあそびたかった……」
「キョウカさん、また遊びに来ましょう」
「よし、艦に戻るぞ」
そうして俺たちはリゾート惑星を惜しみつつ、艦へと戻るのだった。
「なんだか帰ってきた、って感じがするな」
「そうだねぇ~」
「酒臭い」
「マリナおねえちゃん、くさい!」
「シャワーを浴びてもこのアルコール臭、キョウカさんには近づかないでくださいね」
「みんなひどい!」
艦に戻った俺たちは、各自自室へと荷物を置きにいった。
ブリッジへ向かうと、アイカが既に通信を準備していた。
「──では、受信していた高優先度通信を開示します」
スクリーンに映し出されたのは、帝国軍情報局の紋章と、ギルド本部の識別コード。
同時に、二つの通信が並行して届いていたことが分かる。
「同時か……どっちから先に見る?」
「どちらを先に開いても構いませんが、帝国側は“至急”、ギルド側は“極秘”とのラベルが付いています」
「……どっちもロクなもんじゃなさそうだな」
俺はため息をつきながら、椅子に腰を落とす。
「よし。順番に確認するぞ。まずは帝国からだ」
──のんびりした日々は終わった。
だが、気を引き締めるこの瞬間こそが、俺たちの“日常”だ。
「帝国側からは……廃ステーションの調査?」
「はい。ケルベロス・スロット宙域の廃ステーションの調査依頼が入っております」
「それってもしかして、キョウカがいたところか?」
「そのようです。廃ステーション内部の熱源反応が増加、以前内部を探索したことのある私たちにお鉢が回ってきたようです」
「熱源の増加って……あの実験体が目でも覚ましたのか?」
「わかりません。当時の廃ステーションを知るものはすでに帝国にはおらず、以前探索をし、少しでも内部を知っている私たちに調査を依頼したいようです」
「廃ステーションかぁ……行きたくねぇなぁ」
「断りますか?」
「いや、受ける。帝国が調べてキョウカのことがばれたら面倒だ。俺たちで調査して、うまいことやるぞ」
「本当にまた行くの?あそこ、怖いんだけど」
「あそこ、きらい!」
「キョウカはお留守番だな。あとアイカも」
「了解しました。艦長」
アイカの指先が軽く動くと、星図がブリッジのホログラムに投影された。
赤くマークされたケルベロス・スロット宙域の一点が、俺たちをじっと見返しているようにすら思える。
「ステーション座標、再登録完了。前回侵入ルートも保存されています。ご確認を」
「行き方は分かってる。問題は、今回“何が出てくるか”だな」
「何も出てこなければいいんだけど……」
マリナがぼそっと呟きながら、さっきからやたら飲んでいるコーヒーをすすった。
酔い覚ましなのか、気合を入れているのかは分からない。
「ちなみに……ギルドからの通信は?」
「あちらは、“極秘案件”。再生には個人認証が必要です」
「よし、じゃあそれは後回し。まずは帝国の顔を立てておこう」
ステーションの残骸に、何が残っているのか。
それとも──すでに“目覚めた”何かが、俺たちを待っているのか。
どちらにせよ、この旅はまた一つ、“厄介な局面”へと舵を切ったのだった。
ケルベロス・スロット宙域、廃ステーション。そこはキョウカとの出会いの場であり、帝国の過去の闇だ。
そんなところへと、俺たちは再び足を踏み入れようとしていた。
「マリナ、今回も何が起こるかわからない。お前もバイクスーツじゃなくてパワードスーツにしとけ」
「え~。あれ動きにくいからやなんだけどなぁ」
「慣れればそう変わらない。実験体にでも襲われたら大変だぞ」
「わかったわよ……」
「アイカ、帝国側から何か情報はないのか?」
「古い資料がいくつか。表向きここは生物の繁殖実験ステーションとして登録されていたようです」
「繁殖実験ね、間違っちゃいないんだろうが……まぁ言ってもしょうがないか」
俺たちの艦は、ケルベロス・スロット宙域の奥深く、かつて訪れた廃ステーションの軌道へと接近していた。外部カメラに映るその姿は、前回と変わらず、巨大な金属の墓標のように沈黙を保っている。
「外観に大きな変化は確認できません。ただし……」
アイカの声が僅かに低くなる。
「ステーション内部から、微弱な電磁波と生体反応が断続的に検出されています。断続的に、というのがポイントです。常時ではありません」
「何かが……まだ生きてるってことか」
「もしくは、動いているかです。以前のデータと照合すると、培養層の一部が未だに動作状態にある可能性が高いです」
「気持ち悪いわね……あんなの、全部止まったと思ってたのに」
マリナの顔が強張っている。無理もない。
「ま、見に行くしかないな。突入は俺とマリナ。アイカは艦からバックアップ。万が一の時は、離脱を優先していい」
「了解です。緊急時には、遠隔制御で艦の脱出を優先します。くれぐれもお気をつけて」
「それじゃ、行ってくるぜ……」
ドックを抜け、パワードスーツを纏った俺とマリナはハイペリオンでステーションに接近する。機体が接舷し、エアロックがゆっくりと開いた。
中は──
やはり、薄暗いままだった。
「照明……まだ動いてるわね」
非常用らしき赤いライトが壁際を這うように灯っており、不気味に床を照らしている。
「音、聞こえるか?」
「……かすかに、機械の作動音。何かが動いてるのは間違いないわ」
前回、俺たちが通った通路。
培養層が並び、異形の生物が浮かんでいたフロア。
そこへと、また俺たちは足を踏み入れていく。
「……なんか、前よりも“生きてる”感じがするな。ここ自体が、さ」
「わかる……妙な気配がする。前より、ずっと強くなってる」
──そのとき、ふいに。
『──おかえりなさい、おまちしておりました』
「っ!? ホログラムか!?」
通路の奥に、例のホログラム演出が出現する。
前回と同様、髪の長い少女の姿だが……今回はその表情が、どこか歪んでいる。
「……演出がおかしくなってる。顔が、笑ってるのに、目が……」
「これは……制御系の異常か、それとも……」
『再適応プロトコル──起動確認。対象情報:記録データNo.00、被検体キョウカ──』
「っ! キョウカの名前が……!」
「データが、まだ残ってるのか……それとも、探してる?」
マリナが反射的に銃を構える。
俺も、腰の銃に手を添えた。
緊張が、場を包み込む。
──廃ステーション。
そこは、すでに“ただの過去の遺構”ではなくなっていた。
何かが、まだ動いている。
何かが、目を覚まそうとしている。
そしてそれは、キョウカの“過去”に直結しているのだ──。
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