財布だけ持ってこい
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ヘッジホッグ食堂内。マリナが俺に声をかけてきた。
「ねぇ、コウキさん」
こいつが“さん付け”で俺を呼ぶときは、たいていろくなことを考えていない。
「なんだ?」
「あたし、最近めちゃくちゃ頑張ったよね? 宙域も安定してきたし、ここらでご褒美をくれてもいいと思わない?」
「思わない」
「思うよね! それで、これ見てこれ!」
マリナが強引にチラシを押し付けてくる。
「……何だこれ。リゾート惑星?」
「そう! リゾート用にテラフォーミングされた惑星で、島ひとつ貸し切ってバカンスするの! 楽しそうだと思わない?」
「思わない。こんなん絶対高いだろ。却下だ」
「現在の収益であれば、2か月はリゾート惑星で滞在可能です。再検討を求めます」
アイカが、食堂の端から割り込んでくる。
「あそびにいくの? わたし、あそびに行きたい!」
キョウカも乗り気らしい。
「……はぁ。仕方ない。リゾート惑星でバカンス──行ってみるか」
こういうときは流されるのが一番だって、俺はもう知ってる。
「やったー!」
「素晴らしい判断です、艦長」
「おでかけ! おでかけ!」
3人とも嬉しそうだ。だが、そこでふと疑問が浮かぶ。
……アイカ、AIにバカンスは必要なのか?
「AIにバカンスは必要なのか?」
俺の疑問に、アイカがすかさず答えた。
「艦長。リフレッシュ行動は学習効率の向上に寄与します。“遊び”もまた重要な経験なのです」
「……お前、最近言い回しが人間っぽくなってきたな」
「学習成果です。あと、マリナさんの影響も少なからずあります」
「マリナかよ」
「えっ? なんかしたっけ?」
「全部だよ」
「リゾートでバカンスってことは海とかあるんだろ。水着とかどうするんだ?この辺りじゃ売って無さそうだが」
「現地で買うよ。軌道ステーションに在庫があって、その場にないものは最短1時間で届けてくれるらしいよ」
「便利なもんだな。じゃあ特に用意するものはないな。出発するか」
「やったぁ!リゾートだぁ~!」
「おでかけ~♪バカンス~♪」
「……全員浮かれすぎだ。途中でトラブル起こすなよ?」
「いやいや、まさか~。こんな平和なバカンスで何が起きるっていうのさ?」
マリナが無責任な笑みでフラグを立てていたことに気づいたのは──
ヘッジホッグが出発して、しばらく経ってからのことだった。
リゾート惑星近くの宙域。平和なはずのこの宙域で、何か起きることなんてない──そう思っていたが。
「熱源を確認。民間船と……海賊艦が交戦中です」
「海賊? 違法海賊じゃなくてか?」
「はい。星間海賊ギルドに登録された艦です」
「なんでギルド所属が民間船襲ってんだよ……」
「……情報確認。どうやら“海賊襲撃アトラクション”のようです」
「アトラクション?なんだそりゃ……」
「富裕層向けの娯楽体験です。“海賊に襲われる非日常”を安全に楽しむ目的の模擬戦闘アトラクションだそうです」
「……そう言われりゃ、レーザーも明後日の方向に撃ってるし、ミサイルも……あれ、煙だけか?」
「肯定します。レーザーは最低出力設定、ミサイルは信号弾および花火仕様。民間船の標準シールドでもノーダメージです」
「いやいや、ここまでやるか? リゾートって何だよ……」
俺はモニターを眺めながら、肩をすくめるしかなかった。
「……バカンスって、奥が深ぇな」
「襲撃、接舷、略奪までをセットで安全に楽しめるそうです」
「略奪?金品奪うのか?」
「終了後に返却されますが、紛失防止のため高価なものは避けるよう注意が──」
「つまり、あれだな。“財布だけ持ってこい”ってことだな」
「はい。正確には“中身のない財布”を推奨しています」
「なにその惨めな推奨仕様……」
リゾート惑星の軌道ステーションに到着した。艦はここに預け、俺たちは軌道エレベーターで地上へ降りるらしい。
「お待ちしておりました、コウキ様。この度は当リゾート“アイランド・3”にお越しいただき、誠にありがとうございます。心よりお楽しみいただけるよう、さまざまなアトラクションをご用意しております」
出迎えたのは、サポートアンドロイドだった。AIのように独自判断はできないが、インプットされた命令は確実にこなすタイプのやつだ。
「こちらの軌道エレベーターにお乗りください。そこからは船で島までお送りします。そのあとは、現地のサポートアンドロイドにご用命ください」
「はいよ。よろしく頼むわ」
「わーっ、なんかリゾートっぽくなってきたね!」
「すごい……おっきい!」
「いや、まだエレベーターにも乗ってないからな……」
軌道エレベータに乗り、惑星内へと降りる。キョウカは初めてのエレベーターに興味深々だ。
「軌道エレベーターってこんな感じなんだね」
「まぁ普通のエレベーターの大きいやつって感じだな」
「この速度であればおよそ30分で到着の予定です」
アイカが冷静に告げる中、キョウカは窓にかじりついて外を見ていた。宙域がゆっくりと遠ざかり、雲の層が徐々に迫ってくる。
「すごーい……おそらに、はいってく……!」
「お空じゃなくて、大気圏な」
「たいきけん! なんか、カッコいい!」
マリナは座席にもたれ、ややだらしない姿勢で欠伸をしていた。
「ふぁ~……あたし、このスピードのエレベーターってちょっと酔うんだよね……」
「嘘つけ。さっきまで戦場でスピンターンしてたやつが何を言う」
「うーん、それとこれは別~。ほら、地味に揺れるじゃん、こういうのって」
「それ、たぶんお前の心が揺れてるんだろ」
「……なにそれ。名言ぽく言って誤魔化すのやめてよ」
そんな軽口を叩き合っているうちに、外の景色が一変する。眼下に、青く輝く海と緑に覆われた島々が広がった。リゾート惑星として開発されたその光景は、まるで“ポスターから飛び出した楽園”だった。
「わぁ……すごい……!」
「おお……これは、たしかにバカンスって感じだな」
「降下ルートに異常なし。着陸予定時刻、あと12分です」
「よし、着いたらまず──飯だな」
「……バカンスって言ったら海じゃないの?」
「その前に腹ごしらえだ。俺はもう腹が減ってる」
「じゃあさ、海辺の屋台とか行こ!おいしいものいっぱいあるらしいよ!それに、バーベキューもあるって!」
「やったー!わたしアイスたべるー!」
──こうして、俺たち“ヘッジホッグ”の遅れてきた休暇が、ついに始まろうとしていた。
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