幽霊じゃなかった少女
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「出てくるぞ、気をつけろよ」
俺は銃口を培養槽の中央へ向けながら、唾を飲む。
バイオゲルが音もなく抜けていく。白い霧がわずかに揺れた次の瞬間──
現れたのは、一人の少女だった。
長い黒髪が顔を隠している。細い手足、血の気のない肌。
「……女の子?」
マリナの声がかすれる。
「これ、さっきの……ホログラムの子じゃないか?」
「なんで……なんで、こんなところに……」
誰も答えられなかった。
ここが“強化実験”の施設であるならば──
彼女は、“ただの女の子”ではない。
その時、少女のまぶたが──ゆっくりと、開いた。
淡く光る瞳が、まっすぐにこちらを見据える。
「起動チェック……ナンバー00、再起動。失敗。補助プログラム、起動……成功」
無機質な声が少女の口から流れるように響く。口は動いていない。
「……あなたがマスターですか?」
「マスター? 何のことだ?」
「データ確認中……機密情報が含まれるため、開示権限なし。応答制限プロトコル、起動中」
「おいおい……なんか怖くなってきたぞこれ……」
マリナが身を引きつつ、銃を構える。
「君の名前は?」
「当個体の識別名は──“キョウカ”。現在、主意識は再起動中。補助プログラムが代理応答を実施中です」
「……補助って、まさかこの喋り方のこと?」
「はい。補助プログラムは感情表現機能を持ちません。“キョウカ”本体の意識起動まで、しばらくお待ちください」
少女の口元は無表情のまま、ピクリとも動かない。
それなのに、声だけが淡々と空間を満たし続ける──異様な光景だった。
「ねえコウキ、やばくないこれ。マジで、あたしたち──」
その時、少女の左目が一瞬、赤く光った。
「生体データ確認完了。対象、戦闘適応値Aランク。戦闘同化プロトコルを選択しますか?」
「──おい待て! それはなんだ!?」
「警告:マスターの承認が得られません。プロトコル保留」
警告音と共に、少女の体がぴたりと動きを止めた。
そして──また、無言で目を閉じる。
「……停止、した?」
「再起動プロセス継続中。次回起動試行まで──五分四十二秒」
“それ”は、目の前の少女の形をしているけれど──
中身は、まったく別の何かだ。
「……どうする?」
「分からん……けど──」
俺はライフルを構えたまま、少女の姿を見つめた。
──これが、“強化個体”。
帝国が遺した、秘匿された“兵器”なのかもしれない。
「なぁ」
俺は、停止状態にある少女に向かって声をかけた。
「その“戦闘同化プロトコル”ってやつ、消去できないか? 正直、物騒でかなわん」
わずかに反応があり、少女の目が再びゆっくりと開く。
「……確認……可能です」
答えは予想よりもあっさりしていた。だが、続く言葉に思わず息を呑む。
「ですが、それにより──当個体の存在意義は喪失します」
「存在意義……?」
「当個体は戦闘行動のために造られました。それが失われた場合、当個体は“目的を持たない強化個体”──ただの異物となります。それでも、削除を希望されますか?」
「おい待て、それじゃ──お前自身はどうなんだ? 戦いたくてそこにいるのか?」
少女のまなざしがわずかに揺れた。
しかし、返ってきたのは冷たいシステム音声だった。
「当個体は、戦闘能力以外は外見相応の精神構造を有します。つまり──力が強いだけの子供です」
マリナが息を呑む。
「……子供……?」
「また、強化処置により成長因子が阻害されており、これ以上の肉体的成熟は見込めません。精神的にも、これ以上の発達は“想定されていません”」
「つまり……一生、ここに閉じ込められるだけだったってことかよ……」
「隔離、あるいは破棄が推奨される存在。それが──ナンバー00、“キョウカ”です」
沈黙が落ちた。
誰もすぐには何も言えなかった。
だが、確かに──
この“存在”は、生きている。問いかけに、答えている。迷っているようにさえ見える。
「……なあ。お前さ」
俺は静かに、問いかける。
「戦いたくないって思ったこと、あるか?」
その質問に、少女──キョウカは初めて、ほんの少しだけ──“人間”のような間を置いてから、答えた。
「……それは、命令ですか?」
「……意識覚醒、確認」
「キョウカ、起動します」
その声は、先ほどの無機質なシステムボイスとは違っていた。
少し震えて、幼く、どこか不安げだった。
「わたしは……たたかいたくない」
「おともだちと──あそびたい……」
「おうちに……かえりたいよぅ……」
少女は、泣いていた。
ぽろぽろとこぼれる涙は、どこまでも人間のものだった。
それは、兵器でも、強化個体でもない。
ただ、“帰り道を知らない子供”の、どうしようもない願いだった。
マリナが、口元を押さえて、何も言えなくなる。
俺も、知らず知らずのうちに、拳を握っていた。
「……これが、お前の“本当”なのか……」
キョウカは顔をあげ、うるんだ瞳でこちらを見る。
「……わたし……まちがってるの……?」
──違う。
誰も、戦うために生まれるべきじゃない。
たとえそれが、“造られた命”だとしても──
「マリナ。こいつ、連れて帰るぞ」
「え? この子を? 大丈夫なの?」
「艦長、彼女は危うい存在です。帝国に知られれば排除対象とされるかもしれません。再考を求めます」
「いいんだ。連れて行く。どうせ何十年も廃棄されてたステーションだ。帝国で覚えてる奴なんて、もうほとんどいないだろ」
俺は少女の前にしゃがみこみ、ヘルメット越しに目線を合わせた。
「キョウカ。……一緒に来るか?」
少女は、わずかに目を見開いたあと、小さく──こくり、と頷いた。
「艦長命令だ。連れて行くぞ」
「……あたしは、賛成」
マリナが、そっと少女の手を取る。
「こんなとこに一人じゃ……かわいそうだもんね」
「了解しました。子供用宇宙服をそちらに輸送します。しばらくお待ちください」
アイカの声は、いつもより少しだけ柔らかく聞こえた。
廃ステーションに残された“遺された命”が、今、新しい場所へ向かおうとしていた。
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