廃ステーションの幽霊
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「こんなに早く出番が来るとはな……」
俺は格納庫の片隅に並ぶ、グレーの外装に“YUMOTO”のロゴが入ったパワードスーツを見上げた。
ユモトインダストリー製、型番“YS-07”。性能は特筆すべき点こそないが、頑丈さと安定性には定評がある、実戦仕様のベストセラーだ。
ヘッジホッグの購入時に、営業のマイさんに「今ならお得なセット価格で!」と笑顔で押し切られた、パワードスーツだ。
「ライフル、ハンドガン、ナイフか……」
俺はラックからライフルを手に取る。ユモト純正の中距離仕様。質実剛健というか、飾り気ゼロの無骨な設計。
「どうせならもうちょいカッコいいのにしてほしかったな……」
「安全性を最優先した結果、デザインが犠牲になったそうです。ユモト社では“実戦美学”と呼んでいます」
「便利な言葉だな、それ……」
背中に予備の弾倉を固定し、ヘルメットのシールドを下ろす。
視界に映るのは、ヘッジホッグの格納庫──そしてその先にある、得体の知れない廃ステーション。
「アイカ、視覚同期セット」
「視覚同期完了。これで艦長の視界を共有することができます」
「よし、行くぞマリナ。お前の装備は?」
「じゃーん! あたしのは軽量型のスーツ! 動きやすさ重視!」
「……それ宇宙バイク用のスーツじゃねぇか、それ。てか、酒をマガジンポーチに入れてんじゃねえよ!!」
「だって怖いし……! 落ち着くかなって……」
「落ち着いてんじゃねぇよ!!」
「いってらっしゃい、艦長、マリナさん。なお、ステーション内部での通信障害の可能性は約34%。定期的な位置確認をお願いします」
「了解。何かあったらすぐ引き返す。これは調査であって、戦闘じゃない。基本に忠実にな」
「りょーかい☆ ……でも、ほんとに幽霊いないよね……?」
俺は答えずに、ステーションのドッキングハッチを見つめた。
──開く。
ステーション内部に、ぼんやりと、赤い非常灯が点った。
不気味な静けさの中、俺たちは第一歩を踏み出した。
亡霊が住むかもしれない、帝国の忘れ物の中へ──。
俺たちはパワードスーツのヘッドライトと非常灯を頼りに、廃ステーション内部を進んでいた。
床は所々めくれ、壁は煤け、ところどころ配線が千切れて宙を泳いでいる。
「うぅ……怖い……」
マリナが俺の背後にぴったり張りついて、声も小さくなっていた。
「そんなに怖がるなよ。これでも射撃には自信があるんだ。変なの出てきても何とかしてやるよ」
俺は小さく笑いながら、足元の浮遊する金属板を避けて進む。
──これでも、前世はミリオタ。結構ガチなやつ。
異世界転生しても、銃器の扱いは覚えている。おもちゃだけど。ちょっとうろ覚えだけど。
「でもさ、お化けに攻撃効く? てかさ、無重力下で戦闘できるの?」
「……射撃なら、なんとか?」
「うわぁああ~ん! 役に立たないじゃん!!」
「うるせえ! まず生き物に限定してくれ!」
狭い通路で、無駄に声が反響する。
そのたびに俺の鼓動も、微妙に加速していく。
「でもさ、ほんとに誰もいないのかな……? なんか視線感じるんだけど」
「やめろそのセリフ。ホラー映画で死亡フラグ立てるやつだぞ」
「でもさぁ、だって──ほら」
マリナが指差す先、錆びた扉にうっすらと──爪痕のようなものが、残っていた。
俺は思わず息を止めた。
「……なんだよ、これ」
「やっぱお化けだよ……! もう帰ろ?ね? 冷凍庫にカクテル入ってるよ?」
「俺は飲まねぇよ……」
──嫌な気配だけが、確かにそこにある。
だが、まだ進むしかない。
この先に、“誰か”がいたのか。
それとも、“何か”がまだ眠っているのか──
次の扉が、ギイ……と、重たく音を立てて開いた。
扉の先には──少女がいた。
長い髪が顔を隠し、白く細い腕が、通路の右側を指している。
そして──その口元が、にやり、と笑った気がした。
「「ぎゃあああああ! 出たあああああ!!」」
二人して全力で跳び退く。
「コウキさんお化け! お化け出た! やっつけてよ! 生身の戦闘に自信あるんでしょう!? やっつけてよ!」
「無茶言うな! 幽霊に生身の攻撃が効くわけないだろ! 逃げるぞ逃げ──」
「……ただの立体映像に何を怖がっているのですか?」
アイカの冷静な声が、空気をぶった切った。
「は……? 立体映像……?」
マリナがビクビクしながら近づき、手をかざす。
少女の像は、淡く、そしてすり抜けるように揺れた。
「……本当だ。マリナ、これただの立体映像だぞ」
「え、えっ!? えええ!? じゃあ何この演出!? ホラーじゃん!」
「おそらく──記録映像か、あるいは“来訪者への注意喚起”だったのでは」
「注意喚起がホラー演出ってどういうセンスだよ帝国……」
「……でも、こっちを指さしてたよね?」
少女の“指”が向いていた先──
通路の右奥には、小さな扉がひとつ。
扉には【保管室:D7】と、かすれた文字が刻まれていた。
「……行ってみるか?」
「うん……まぁ、ホログラムなら……たぶん大丈夫、たぶん……」
──それでも、背後にあの“視線”が残っている気がしてならなかった。
【保管室:D7】──そこは、静まり返った異様な空間だった。
並び立つのは数十基の培養槽。
中に浮かぶのは、様々な宇宙生物──だが、どれも“何か”がおかしい。
鋭すぎる爪、異常に膨れた頭部、無意味に多い眼球や関節。
まるで“なにか”を無理やり詰め込んだような、不自然な進化の跡があった。
「これ……なに……?」
マリナが一歩後ずさる。浮かぶ液体の中、何体かがかすかに身じろぎした気がした。
「アイカ、これなんだ?」
「スキャン中……種族は全て登録済みの既知種です。しかし──」
アイカが一拍、言葉を止めた。
「それぞれの個体に、著しい身体的異常が見られます。発達した爪、脳領域の肥大化、細胞密度の異常上昇。推定されるのは……強化実験」
「強化……って、つまり、“戦闘用”ってこと?」
「可能性は高いです。この施設は、改造実験を目的とした非公式の研究所だったと推定されます」
マリナが顔をしかめ、培養槽から距離を取る。
「うわ、何それ……そんなの帝国が許すわけ──」
「許してたんだろ、少なくとも“表向きは見て見ぬふり”でな」
俺は一番奥の、特に厳重にロックされた培養槽の前に立つ。
他のものとは異なり、内部は霧がかかっていて、中が見えない。
だが、かすかに──何か、視線のようなものを感じた。
「これ……生きてるのか?」
「……スキャン不能。内部は高密度のバイオゲルで覆われており、外部センサーを遮断しています」
「わざと、見せないようにしてる……ってことか」
マリナがぞくっと肩を震わせる。
「ねえコウキ、これってさ……もしかして、“キョウカ”ってやつじゃない?」
“強化個体”
さっきのノイズログの中で繰り返されていた言葉。
そしてこの異常な実験施設……偶然とは思えなかった。
「──アイカ、ここにこのまま置いといて大丈夫か?」
「断定はできませんが、実験個体に自動覚醒機能が備わっていた場合、外部からの干渉で作動する可能性もあります」
「……嫌な予感しかしねえな」
「早めに切り上げよう、ね? もう見た、見たから! ね?」
マリナが明らかにビビりきっていて、俺もちょっと賛成したくなる。
が──
その時、施設の照明がチカチカと瞬き、警告音が鳴り響いた。
「警告:生体反応の変動を検知──培養槽ナンバー……“00”番、温度上昇中」
「おいおい待て! “00番”ってどこだ!」
「……それです」
アイカが指し示す、俺たちの目の前の──“中が見えない”あの培養槽だった。
「疑似重力回復……失敗。室内酸素生成……成功。ナンバー00、起動します」
──何かが、目を覚まそうとしていた。
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