さらば、静寂モード
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「借金完済やった~!」
マリナがクラッカーを鳴らす。ここ艦橋だぞ。あとで片付けろよ。
「いや~、世話になったね~。おかげでやっと艦が返ってくるよ~」
「本当にな。シャワーもトイレもがっつり使いやがって。」
なんだかんだ3週間超えても居着きやがって。
「本当に感謝してるよ~。ホテル暮らししてたらまだしばらくは借金抱えたままだったし。ありがとね~」
「これで艦も静かになるな。もうギャンブルはやめろよ。」
「もうしないって~。お酒だけで我慢するよ~」
そういってパック酒を取り出して飲み始める。
「ぷはー! 最高! これで晴れて自由の身だ~!」
これでマリナはいなくなるのか。ちょっとだけ寂しい気もするが、まぁ仕方ないな。
「じゃ、そろそろ自分の艦に戻るね~。あ、でもちょっと手続き面倒なんだよね~」
「どうせ飲みながら忘れるんだろ?」
「うっ……」
「ほんとに行くのか? 静かになるって言ったけど、多少騒がしい方が調子は良かった気もするな」
「それ、引き留めてる? ねぇ引き留めてるの?」
「してねぇよ!」
「……ふーん、そっか」
マリナは少しだけ笑って、パック酒をもう一口啜った。
マリナが出て行ってすぐ、俺は違法海賊討伐の依頼を受けた。
寂しくなって気を紛らわせたかったわけじゃない。断じてない。
「艦長、熱源反応確認。目標と断定。どうしますか?」
「よし、攻撃開始だ。マリナ――はもういないんだったな。アイカ、戦闘準備」
「了解。攻撃開始します」
アイカの音声は相変わらず無機質で、間違いはない。
だが、どこか物足りなかった。
「主砲、照準完了。砲門開放。発射までカウント開始──」
「……アイカ、あいつだったらもうちょっと騒いでただろうな」
「マリナさんの戦闘中の発話記録を参照します。“そこぉ! お尻に一発!”、“あたしに惚れるなよ~!”、“やっば、シールド忘れた!”──他多数」
「やめろ。思い出したくもない」
静かだった。やけに、静かだった。
「砲撃開始。──発射」
衝撃とともにレールキャノンが吠え、標的の船体が大きく揺れる。
だが、それでも艦内には──沈黙が残っていた。
「……なあ、アイカ」
「はい、艦長」
「騒がしくて、うるさくて、頭痛くなる女がいないと──戦闘って、こんなに味気なかったか?」
「現在の戦闘効率は問題ありません。ですが……」
「ですが?」
「艦内の“活性指数”は通常時の38%まで低下しています。“退屈”の兆候が見られます」
「……まったく、どんだけかき乱してたんだよ、あの女は」
照準を切り替えながら、俺は苦笑いを浮かべた。
「ま、仕方ねえ。いないもんは仕方ねえ。いないなら、静かにやるだけだ」
「了解。静寂モード継続」
「いや、そこはもうちょっと、賑やかでもいい」
「賑やかモード──“マリナ擬似戦闘音声再生”を開始しますか?」
「やめろっつってんだろ!!」
──今日も宇宙は広くて静かで、どこか寂しい。
だが、俺は一人でもやれる。やれる……はずだ。
無事討伐を終え、ドックに戻る。そこには、ドックに崩れ落ち、泣きわめいているマリナがいた。
「うわぁ~ん!私の艦が~!」
「何やってんだ?あいつ」
「状況確認……マリナの隣にある戦闘艦、大破しています。おそらく彼女のものかと」
「あいつ操縦だけは上手かっただろ、何かあったのか?」
そういって俺はマリナに近づく。
「どうした?何かあったのか?」
「あ、地味君。艦が、私の艦が~!」
そこには見るも無残に壊れている、スクラップ同然の艦があった。
「壊したのか?」
「それがね、艦も返ってきたし、稼ごうと思って違法海賊狩りに出たら、ブレーキが壊れてて、そのままデブリに突っ込んじゃったんだよ~!」
そう言って泣きじゃくるマリナ。
「……ブレーキ、壊れてた?」
「うん……ギルドがちゃんと見てくれてると思ったのにぃ……!」
「思ったじゃねえよ。お前、自分の命乗せる艦だろ」
「うぅ……ごめん……」
「ただデブリに突っ込んだわりには、壊れすぎじゃないか?」
「いやまあ、再起動してアクセル踏んだら、止まらなくなって……そしたら目の前に鉄くずの山があって……気づいたらこれ」
「お前なあ……鉄くずに鉄くずで突っ込む奴があるか」
「うえぇぇぇぇぇん!!」
ドック内にマリナの泣き声が響く。
「艦長、再度の仮登録処理を行いますか?」
「早すぎだろ……いや、そもそももう再登録のレベルじゃねぇ……」
「うっ……でも……ほんとに……帰るところないんだよぉ……」
マリナがぽつりと、しおれた声で言った。
その顔は、いつもの調子のいい笑顔じゃなかった。
泣きはらした目で、頼りなく俺を見上げる。
……やめろ、そういう顔はずるい。
……どこかでわかってた。
あいつは、こんな風にしか戻ってこないって。
「しょうがねぇな……」
「え?」
「……棺桶ルーム、まだ空いてるぞ」
「……うぅ……うん……ありがと……」
「ただし、今度は正規クルーとしての契約が前提だ。仮じゃねぇ。手続きも事務仕事も全部こっち持ちにはしない。わかったな?」
マリナは涙を拭って、笑った。
「わかってるよ。今度は……ちゃんと、返すから」
「おい、借金の話じゃねぇぞ」
「ちがうの!? てへへ~!」
──まったく、本当に手のかかるやつだ。
でもまあ──
「アイカ、マリナ再登録だ。手続きしておけ」
「了解しました、艦長。なお、ストレス指数が再上昇する見込みです」
「もう慣れたよ」
──また、騒がしい日々が戻ってくる。
宇宙は今日も広くて、静かで、そしてまた──うるさくなる。
……まあ、それも悪くない。
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