正義の名のもとに
夜の街に、黒い影が走った。
それは風でも獣でもない。
王国が誇る“影の刃”――《聖環騎士団》の部隊だった。
彼らの任務はただひとつ。
「“火”を撒く者を、静かに、確実に“消す”こと」
その日、紙を貼っていた協力者の少年が広場で拘束された。
翌日には、記録を読んでいた書店が“反教的文書の所持”で焼かれた。
そして三日目――
ミィナたちの潜伏先である地下庫にも、ついに《彼ら》の手が届く。
「ミィナ様!」
見張りの魔族少年が駆け込む。顔は青ざめていた。
「外に、白鎧が四名! ……“やつら”です、間違いありません!」
「来たわね……」
ミィナは静かに立ち上がる。
「記録を焼きに来たのよ。私たちの“声”を潰すために」
セドリックが剣を抜く。
「どうする? 逃げるか? まだ……地下水路を抜ければ――」
「いいえ」
ミィナは首を振る。目が燃えていた。
「ここで逃げたら、次の“声”が潰される。……だから私は、戦うわ」
「魔として?」
「違う。“名もない人間”として。……“理不尽に沈められた者”として」
足音が近づく。聖具を携えた白鎧が、無言で地下へと降りてくる。
ひとりが言った。
「ミィナ・クロスレイン。罪状は、“王国への誹謗”。“勇者の名誉毀損”。そして“魔性の煽動”だ。……おとなしく記録を差し出し、投降しろ」
ミィナは答えた。
「罪状が増えたわね。次は、“火をつけた”ことも加えてくれるかしら?」
そして、踏み出す。
彼女の掌に、赤い術紋が浮かぶ。
それは魔王国に伝わる――“民を守る者”に刻まれる〈庇護術式〉。
「私は、“火を灯す”だけ。焼くのは、あなたたちの“偽り”よ」
次の瞬間、地下庫に雷光が走る。
セドリックの剣が白鎧を弾き、ミィナの火球が天井を貫いた。
瓦礫が崩れ、聖環騎士のひとりが倒れる。
「こいつら……“ただの残党”じゃない!」
戦いは一瞬だった。
守人が後方で結界を展開し、記録の保管庫を護る。
残りの記録と逃走経路を、仲間が託される。
そして――
ミィナたちは、戦いながら逃げた。
だが、街はもう“静かに抗う者”を許さない。
通報、取り締まり、焚書、尋問。
“声”が大きくなればなるほど、それを封じる手も強くなる。
今、王国の“正義”が本気になった。
――これはただの歴史の話ではない。
“誰が、誰を黙らせるのか”という戦いだ。
ミィナは、崩れた裏路地の影で振り返った。
燃え上がる地下教会を見て、ぎり、と歯を噛む。
「ごめんなさい、守人……でも、残せた……!」
彼女の懐には、小さな巻物。
そこには、“魔王の名誉”が確かに刻まれていた。
「……これが、次の“火”になる」
夜風が吹く。
今度は、“彼らの声”を乗せて。