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焔は語り継がれる  作者: 華詩手
語り部編
7/26

火は、声を持つ

 その夜、街の至る所に、黒い紙が貼られた。


 手描きのそれは不格好だったが、目を引いた。

 聖剣の記章に、赤い×印。

 そしてただ一行、こう記されていた。


 


『勇者は、何を救い、何を焼いた?』


 


 最初は、誰もが悪戯か、異端者の戯言だと思った。

 だが翌日には、街の井戸端に、広場に、教会の扉にまでそれは現れた。


 


「なあ、またあったぞ、あの紙……」


「“勇者に焼かれた子どもたち”? 嘘だろ?」


「でも、昨日の市場で配られてた小冊子、読んだか? あれ……妙にリアルだったぞ」


 


 人々の中に、わずかな“疑い”が芽を出す。


 


 ミィナたちは、夜に動いた。

 《記録の守人》が持つ“封じられた証言”を短編にまとめ、街の人間に匿名でばら撒いた。


 そこには、魔王国で暮らす市民の記録。

 パン職人の手記。魔王に仕えた軍医の報告。幼い姉妹の交換日記。


 どれも“魔物”の声とは思えぬほど、人間くさいものだった。


 


 そして今夜もまた、三人の影が街の屋根を駆ける。


「……反応は悪くないわね。驚いてるだけじゃない。“信じたい”と思ってる」


 ミィナは屋根の端で風を受けながら言った。


「じゃあ……“揺らいでる”ってことか」


 セドリックが呟く。視線は、遠く王城の灯へと向いていた。


「王国が築いた“正義”の像を、いま崩しかけてる。でも……問題はここからよ」


 


 そう、問題は――


 “民の疑念”が、やがて“統治者の怒り”を招くということ。


 


 その証拠に、王都からの密命を受けた特務部隊《聖環騎士団》がすでに街に潜入していた。


 


◆  ◆  ◆


 


 一方、地下の記録庫では、老婆――“記録の守人”が別の巻物を広げていた。


 それは、勇者アルベルトに仕えていた神官の“懺悔録”。


 


『魔王は、民に“学び”を与え、“火”を与えた。

 だが王国はそれを“呪術”と呼び、“危険”として葬った。

 我々は“知らぬふり”を選んだ。

 それが世界を救うと、思い込んでいたから』


 


「勇者はな……間違ったのさ。……だが、彼は“自分が正義だと信じた”まま死んだ」


 老婆はぽつりと呟く。


「ミィナ、お前はどうする。“正義”を取り戻したいのか? それとも、世界に復讐したいのか?」


 


 少女は、静かに目を閉じた。


「……まだ、答えは出てない。でも……声を取り戻すまでは、私は止まらない」


 


 そして再び、夜がやってくる。


 


 街角に貼られた黒い紙。

 それを破り捨てる騎士団の手。

 だがまた別の手が、同じ文を記した紙を貼る。


 


 “魔王軍は、本当に悪だったのか?”


 


 かつて燃やされた声が――

 今、火を灯している。


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