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焔は語り継がれる  作者: 華詩手
語り部編
6/26

声なき者たちの書架

 真実を語る者は、いつも声を殺される。


 それが“正義”とされるものに都合が悪ければ、なおさらだ。


 


 街に潜伏して三日目の夜。

 ミィナとセドリックは、地下水路を歩いていた。


 案内役は、一人の老婆。

 古びたマントを羽織り、顔のほとんどをフードで隠していたが、その歩みには迷いがなかった。


「……あんたたち、“焔の生き残り”だろう」


 老婆が低く言った。


「魔王国が焼かれた夜、城から逃げ延びた子どもたちがいたって噂は、私らの耳にも届いていた。まさか本当だったとはね」


「あなたは誰?」


 ミィナが問うと、老婆は薄く笑った。


「《記録の守人》と呼ばれている。……世界が忘れた真実を、燃やさずに残すのが仕事さ」


 


 辿り着いたのは、古い教会の地下。

 そこには、外の図書館とはまるで違う“もう一つの歴史”が広がっていた。


 崩れかけた書棚。手製の巻物。血で書かれた証言。

 ――“英雄譚”の裏で、黙殺された記録の数々。


「ここにあるのは、すべて“消された歴史”。勇者軍によって廃棄、あるいは改竄された真実の断片さ」


 老婆は一本の巻物を取り出す。封蝋には、黒い炎の紋章。


「これは、ラディス・ファウストの遺稿。……お前の命を繋いだ男の、最後の記録だ」


 


 ミィナは、目を見開く。


「……ラディス様の?」


「彼が何を思い、何を託し、どんな“嘘”と戦ったのか。読みな。お前には、その資格がある」


 


 巻物をほどく。筆跡は荒れ、所々がにじんでいた。

 それでも、明確に記されていた。


 


『人間は正義を語り、剣を掲げる。だが彼らが斬ったものは、恐怖に震える子どもだった。

 私はそれを止められなかった。

 ならば――この記録を、未来に託す。

 私たちは、ただ“生きたかった”だけだった。』


 


 文字を追うミィナの目に、涙が浮かぶ。


「……ラディス様……」


 


 老婆はそっと続けた。


「いいかい、少女。“正しさ”とは、“語られた数”で決まるものさ。

 声を奪われた者に、歴史は残せない。だから――今、誰かが“語り部”にならなきゃいけないんだよ」


 


 ミィナは、その言葉を心に刻んだ。


 自分の命は、“あの夜”に終わっていた。

 それでも今ここにいるのは、“言葉”を受け継ぐため。


 


 セドリックが問う。


「守人。……その“語り部”を育てるために、手を貸してくれるか?」


 老婆は短く頷いた。


「望むなら、力を貸そう。だが気をつけな。

 真実は、人を殺す。……特に、“信じた正義”にすがる人間を、な」


 


 こうして、ミィナたちは“語り部”としての一歩を踏み出した。


 それは剣ではなく、言葉で抗う戦い。

 世界に問う、“誰が悪だったのか”を明かす旅。


 


 ――そして、勇者の名のもとにすべてを隠していた王国が、

 彼らの動きに気づき始めるのは、もうすぐだった。


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