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焔は語り継がれる  作者: 華詩手
語り部編
5/26

英雄の記録、魔の沈黙

 人間の街は、眩しかった。


 白い石畳。鐘の音。市場を行き交う人々の笑い声。


 “魔王に国を奪われた悲劇の末裔たち”は、今日も平和の中でパンを買い、歌を歌っていた。


「……本当に、戦争があった街とは思えないわね」


 ミィナは、黒い外套のフードを深く被りながら呟いた。

 その隣で、セドリックはわずかに唇を引き結ぶ。


「それだけ“勝者”の物語が浸透してるってことだろ。……俺たちが滅んだ理由なんて、もう誰も覚えちゃいない」


「“勝者が歴史を書く”ってやつね」


 ミィナは目を細め、街の広場に目を向ける。

 そこには、大きな銅像があった。


 聖剣を掲げ、笑う青年。

 その足元には、“倒された魔王”が蹲っている。

 ――それは、明らかに侮辱的な意匠だった。


「勇者アルベルト・クロウレイン……か」


 その名は、かつてラディスが口にした男と同じだった。


 


 彼らは中央図書館へと足を運ぶ。


 目的は、“公式の歴史記録”の閲覧。

 魔王国についての記述が、どう書かれているのかを確かめるためだ。


 受付の女性に身分を問われるが、セドリックが用意した偽の紹介状で無事に通される。


「一時間以内だ。長居はできない」


「わかってるわ」


 そして彼女たちは、古文書室の片隅に辿り着いた。


 そこに並ぶ厚い革表紙の本――

 『第七魔王戦役記録』『聖剣史抄』『アルベルト英雄伝』……


 ミィナは震える指で、ひとつの書を開いた。


 


 ――『魔王国:混沌と破壊の象徴。七つの異形種族を率い、人間の大陸を脅かした独裁国家。

 生贄を捧げ、呪術で力を得る。王は狂気に支配され、最期には聖剣に討たれた』


 


「……全部、でたらめじゃない」


 息を呑む。視界が滲む。


 彼女が知っている“魔王”は、あんな残虐者ではなかった。

 誇り高く、民を守るために命を賭けた、ひとりの“王”だった。


 


 ページをめくる。

 だがどこにも、ラディスの名はなかった。

 ゼルダンも、ダリオも、誰も記されていない。


 あたかも“魔王国には個人の魂などなかった”と言わんばかりに。


 


「書き換えたのよ……全部……!」


 ミィナの指が震える。


「私たちが、ただの“悪”だったことにすれば――勇者は、永遠に英雄でいられるから……!」


 


 そのとき、セドリックが鋭く反応した。


「誰か来る。逃げるぞ」


 


 二人は本を閉じ、書架の裏手から非常通路を抜ける。

 衛兵の影がすぐに追ってくる。

 だが追跡を振り切り、夜の街へと消えた。


 


 屋根裏の隠れ家に戻ったあと。

 ミィナは、夜の灯の下で静かに言った。


「……私は、許せない。でも、殺し返したいわけじゃない。

 ただ、“真実”を奪われたままでいるのが――悔しいの」


 


 そして、彼女の中で何かが決まった。


 “嘘の歴史”に、抗うために。


 “滅んだ側”の声を、世界に知らしめるために。


 


 火は、再び灯されようとしていた。


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