灯の会
帝国都市テリルの地下。
薄暗い石造りの通路を抜けた先に、それはあった。
古い礼拝堂跡。かつて火の神を祀っていたと言われる場所。
今はもう、信仰の名も祭壇も消え失せている。
だが、そこには――静かな光があった。
無数の“火鉢”に、手のひらほどの炎が灯されている。
囲むように座っているのは、若者、老婆、職人、詩人、農民、そして、かつての兵士。
アデルがナイアを伴って現れると、その場にいた全員がゆっくりと顔を上げた。
「――“火を語る者”が来た」
その声に導かれて、一人の女性が歩み出た。
黒衣の中年女性。名を、エルセ・リューン。
《灯の会》の主導者であり、元・帝国中央図書院の編纂官。
「ようこそ。“火を守った子”へ。
あなたの語りは、地表に届きました。……ならば、次は“記す”番です」
ナイアは少し戸惑いながら問う。
「ここは……?」
「語り部が集う、影の火棚。
帝国に消された各地の伝承、民の言葉、祈りの歌。
それらを記憶し、再び語るために集まった者たちの集会所――《灯の会》よ」
アデルが補足する。
「ここには、“帝国以前の声”が集まってる。
歌、昔話、失われた地名、消された竜の名、塗り替えられた神のかけら……」
ナイアは、震える声で言う。
「……みんな、燃やされたはずなのに……」
「ええ。でも、“完全には燃えなかった”のよ」
エルセは微笑む。
「燃えたのは紙。
でも、“誰かの心に残った言葉”は、こうして集まり、繋がっていく」
そして、エルセが告げる。
「ナイア・レンブラント。
あなたに、次の役目を託します」
壁にかけられた古地図が広げられる。
そこには、赤い点でいくつもの拠点が示されていた。
「“焔の夜”を起こします。
各地で同時に“封じられた言葉”を語り、灯し、記録し、民へ戻す。
それが、この帝国を変える最初の揺らぎになる」
ナイアは目を見開いた。
「……それって……国に、戦いを仕掛けるってことじゃ……」
「違います」
エルセは静かに首を振る。
「“国に戦う”のではない。“忘却に抗う”のです」
誰が正義かではない。
誰が声を持っていたのかを、取り戻すために。
ナイアは、ふと竜祠で出会った老人の言葉を思い出す。
「語られなければ、記録ではなくなる。
だが“想い”は、語る者がいれば消えない」
小さく頷いた。
「……わかりました。
私も、“語ります”。今度は逃げない。
火を貸してくれた人たちのために。
それを燃やした者たちに、問いかけるために」
その言葉に、全員が静かに火鉢に向き直り、
ひとつ、またひとつ――言葉を紡ぎ始めた。
火のように、小さく、でも決して消えない声で。




