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焔は語り継がれる  作者: 華詩手
語り部編
13/26

沈黙の騎士、語る時

 辺境の地。霧に覆われた断崖の修道院。


 灰色の石造りの壁は、風雨に削られ、まるで世界から切り離されたように静かだった。


 その最奥、礼拝堂の奥の扉を――

 ミィナは、指先に力を込めて押し開いた。


 


 中にいたのは、一人の男。

 銀の髪に、深く刻まれた傷跡。

 瞑想するように目を閉じていたが、その気配は、まるで眠れる獣のようだった。


 


「……来たか」


 ライネル・グレイアムは、ゆっくりと目を開いた。


 そして、その瞳が、ミィナの赤い目を捉える。


「君は、“あの日”を生き延びた者か」


 


 ミィナは頷く。

 セドリックが無言で後ろに控える。


「私は、魔王城の中にいた。……私たちは、ただ生きていた。

 あなたは、“なぜ”止めなかったの?」


 


 その言葉は、責めでも恨みでもなく――ただ、“問い”だった。


 ライネルは、目を逸らさずに答える。


 


「……止めたとも。だが、届かなかった。

 あの日、勇者は、“正義”に縋っていた。……いや、“正義にしがみつくことでしか、自分を保てなかった”」


 


 静かに語られる声に、空気が震える。


 


「私たちは、“悪”と呼ばれる敵を倒し続けてきた。

 でも、最後の最後で――魔王が交渉の使者を立て、城を開いたとき。

 ……アルベルトは、震えていた。

 “今さら対話など意味があるのか?”と、彼は言った」


 


「それは、“もう剣を振ってしまった手”を、止めることができなかっただけです」


 ミィナの声が震える。


「なら、どうして黙っていたんですか。あなたまで、“英雄譚”の嘘に加担したんですか?」


 


 ライネルは、苦しげに目を伏せた。


「……私は、すべてを記録した者たちが処刑されるのを、見ていた。

 言葉を書いた者が焼かれ、証拠を持った者が地下に消えた。

 そして、自分だけが生き残った」


 


 彼は拳を握りしめる。


「私は、“正義の副官”という名を守るために、真実を捨てた。

 ……卑怯者だ。それでも、生きてきたのは――いつか、君のような者が来ると信じたからだ」


 


 ミィナの目に、涙が浮かぶ。


「……勇者は、どうして最後に笑っていたんですか?

 城を焼いた後、英雄として名を残して――それでも、彼は、何を思っていたんですか?」


 


 ライネルは、懐から一通の封を取り出した。


「……これは、アルベルトが死の前夜に残した“私信”だ。

 本来は、王家に提出されるべきだったが――私はそれを“黙殺”した」


 


 封を開く。そこには、短く、震える筆跡でこう書かれていた。


 


『私は、誰を救った?

 私は、どれだけ殺した?

 正義の名のもとに、私は、どこまで許される?

 それでも私は、もう後戻りできない。

 ……どうか、この罪を――誰かが記してくれますように』


 


 沈黙が、礼拝堂を支配した。


 


 ミィナは、目を伏せたまま呟く。


「……やっぱり、彼は“迷ってた”。でも――その迷いで、私たちは焼かれた」


 


 ライネルは言う。


「だから私は、今こそ語る。

 君たちが“声を上げた”その勇気に、私の沈黙をもって返すことは、もうできない」


 


 そして、彼は宣言した。


「この記録と手紙を、私が王都へ届けよう。……“英雄の最後の問い”として。

 私は、勇者の副官として、最後に――“真実の証人”になる」


 


 火は、過去に戻って燃え広がる。


 そしてその熱は、いよいよ王国の《王座》へと近づいていた。


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