それでも我らは、守ろうとした
火の手が上がる。空は裂け、雷が大地を割く。
地獄とは、人の正義が揃って笑う場所かもしれない。
魔王城――否、“我らの国”が、勇者によって陥とされたのは、昨夜のことだった。
「……子どもたちは、無事か」
燃え落ちた塔の影で、副官ラディスはかすれた声で問う。
「地下へ避難させました。残りの民も……ほとんどが、まだ……」
報告する兵士の肩は、血に濡れて震えていた。鉄臭さと、焦げた肉の臭いが鼻を刺す。
それでも、彼は泣いていなかった。
泣くことが、許されぬ戦いだった。
「魔王陛下は……?」
「……最後まで、玉座を離れなかった。……笑って、おっしゃっていた。“せめて、この命が時間になるなら”と」
そこに、嘲笑が落ちる。
「魔王、討伐完了!」
高らかに叫ぶのは、人間の勇者。聖なる剣を手に、血を滴らせて立っていた。
その足元にあったのは、確かに――王の亡骸だった。
「魔を討ったぞ! これで世界は、平和になる!」
人間たちは喝采した。剣を掲げ、祈りを捧げ、天を仰いで笑った。
だが。
ラディスはその光景を見て、ただ、静かに剣を抜いた。
「……世界の平和が、“我らの死”で成り立つなら」
「それは、どこまでも一方的な、虐殺だ」
魔王軍。
かつては、七つの種族の同盟国家だった。
人に追われ、居場所を求め、ようやく得たこの地に、名を“魔王国”とつけた。
爪が生えていても、牙を持っていても、心までは奪われないと信じて。
だが今。
炎の中で、すべては灰になろうとしていた。
それでもラディスは、背後にある避難壕の扉を見やり、呟いた。
「逃がす……せめて、次の世代だけは」
魔に堕ちたのではない。
――人に殺されたのだ。
これは、正義の勇者によって滅ぼされた“魔王軍”の、最後の希望の物語。
短編です。26話で終わります。
良かったら最後まで見ていってくださいね