7-顔の下に住むモノ(桑原慶の記録)
掲示板のDMには、添付ファイルが7個、整列して、鎮座していた。
「まぁ、まずは本物が送ってきたかどうか分からないから、真帆ちゃんは目を瞑ってて」
次の瞬間、藤村は息を呑んだ。
「……っ……」
そこに写っていたのは、破れたノートだった。
「真帆ちゃん、目を開けていいよ。これ、たぶん本物だ……」
「私も見ます!」
ビリビリに破られてはいるが、文字は容易に判読できた。
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【記録開始:PM22:07】
今日は、まぶたの裏まで痛い。
昼間、職場で後輩に言われた。
「先輩、なんか、顔変わりました?
すっごく整ってて、別人みたいに綺麗です」
それは褒め言葉なのだろう。
けれど、私は嬉しくなかった。
彼女が見ていた“私”は、本当に私だったのだろうか。
洗面所に立ってみた。
鏡を見て、自分に問いかける。
「……私って、こんな顔だったっけ」
輪郭が、昨日より細くなっていた。
目尻が跳ねている。まつげが密になっている。
一度も、まつげエクステなんてしてないのに。
そして――ほほえんでいた。
自分で気づいてしまった。
私の表情筋は、今、動いていない。
それなのに、鏡の中の『私』が、笑っている。
私の顔の中に、『もうひとり』住んでいる。
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1枚目の画像はここで終わっていた。
「真帆ちゃん、次行って大丈夫?」
「はい、全部読みました……、次、大丈夫です……」
2枚目の画像を出してみる。
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【PM23:48】
さっき、怖くなってノートを破ってしまった。
だから新しいノートに続きを書く。
身体に異変が出てきた。
あごの下の皮膚が『浮いている』ような感覚。
指で押すと、ぐにゅ、と音を立てて沈む。
皮膚の下に、『何か』がいる。
私は鏡を見ながら、爪を立てて、軽く引っ掻いた。
すると、。。。するりと皮がめくれた。
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「次も読めそう?」
藤村は、おそるおそる真帆に聞いた。
「大丈夫です」
「じゃ、次3枚目行くよ」
「はい」
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痛みはなかった。血も出なかった。
けれど、そこにあったのは、笑っている肉だった。
皮は簡単に鼻の所までめくれた。
肉が、笑っていた。
顔の下にあるはずの赤黒い筋肉が、
口元をつくって、口角を引き上げていた。
皮から手を離すと、すぐに皮は顔に貼り付いた。
私は思った。
『これは、私の肉ではない』
もう一度鏡を見た。
やっぱり笑っていた。
その顔は、完璧だった。
目の高さも左右対称。鼻筋も美しく、唇の色も加工したみたいに艶やか。
私の“顔”は、もう『私』を必要としていないんだと思う。
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「なんだ……、これ……」
「やだっ、怖い!!」
暫く流れる沈黙。
「ここから先は俺だけ見るよ」
「いいえ!私も見ます!!」
「でも……」
「藤村さんにだけ怖い思いはさせません!」
「ありがとう。わかった。じゃあ、次4枚目……」
ダブルクリックする手が震える。
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【AM01:12】
部屋が笑っている。
静かな夜。家にひとりきり。
なのに、どこからか笑い声が聞こえる。
女の笑い声。
押し殺したような、かすれた喉の笑い。
誰かが、どこかで、私の顔で笑っている。
私は、鏡を外した。
壁から、姿見ごと引き剥がして、床に伏せた。
でも――スマホが光った。
BEAUTIESが、起動していた。
自分の顔が映っていた。
笑っていた。
笑っていた。
笑っていた。
私は泣きたかった。
でも、涙腺が動かなかった。
顔がもう、私のものじゃないからだ。
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「真帆ちゃん大丈夫?」
「大丈夫です!」
強く答えたものの、指先はガクガクと震えている。
「じゃあ、次5……」
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【AM02:41】
包丁を消毒した。
まな板の上に置く。自分の顔を、そこで“切る”準備。
その間にも、身体の異常は進んでいる。
皮膚が薄くなっていた。
光が透けて見えるほど。
内側で“違う構造”が動いている。
舌が、日に日に長くなっている。
奥から、もう一本“別の舌”が育っていた。
自分の意志で動かしていないのに、口角が勝手に上がる。
爪がはがれた。
代わりに、真珠のような透明な膜が下から現れた。
これが、『理想の肌』?
誰の理想だ。私のじゃない。
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「これが、BEAUTIESの真相……?」
藤村は、唇まで真っ青だった。
自分が作ったアプリにこんな現象が起きているなど、信じられる筈もなかった。