6-真帆と悠真視点・応接室にて、怖い添付ファイル
薄暗い応接室に通されて15分。
時計の音だけが、世界の終わりを告げるように、大きく聞こえる。
「僕が、……メインプログラマーの藤村悠真です」
開発者は、思っていたよりも静かな男だった。
ノートパソコンを小脇に抱え、ゆっくりと真帆と対面する椅子に腰掛けた。
細身の体躯、黒縁メガネ。顔色もよくない。
けれど、その目だけが妙に澄んでいて、綺麗だった。
「BEAUTIESのせいで、何人も行方不明になってます!……私は、私に話しかけられて……!」
「……わかります」
その一言が、真帆の心を撃ち抜いた。
「俺も見たんです。『自分じゃない自分』が、BEAUTIESの画面で笑ってた。”あっち”から、”こっち”を見てくるように」
沈黙が流れる。
「それが何なのか、まだ断定はできません。けど……俺は、アプリが『人間の理想像を喰ってる』ように感じています」
「理想像……?」
「人間が『こうなりたい』って思ってる姿。自分でもない、でも一番欲しい顔。そのイメージを、BEAUTIESは学習して、加工して、でもそれだけじゃない。『加工後のあなた』が、現実に割り込もうとしてくる。気づいてる人はごくわずか。でも、気づいた人間から壊されていく」
真帆の喉が、ゴクリと息を呑んだ。
「……昨日、画面の中の『私』が言ったんです。『かわって』って」
悠真は一瞬、目を見開き、息を飲んだ。
そして、机の奥から一枚の紙を差し出した。
「こ……ッ、これを見てください!!」
それは、過去のβ版テスターのアンケート用紙のコピーだった。
筆跡の乱れた文字。だが、そこには確かにこう書かれていた。
【夜中、あの子が言いました。『私とその場所代わって』って。笑いながら、すごく、綺麗な顔で】
「……彼女も、消えました」
「じゃあ、やっぱり、戻ってこれないの?」
「まだ、わからない。けど、もしこれが画面デザインにあるような鏡だと仮定して……」
「画面デザインって何ですか?」
「あぁ、それはアプリの操作画面のデザインのことでね……、今回で言うとBEAUTIESには『鏡』が写るでしょう?」
「そうですね」
「それが『向こう側にある鏡』のようなものなら、こっちから割る方法もあるかもしれないと思うんだ」
悠真の目が、ようやく真帆と正面から交差した。
ふたりは、同じものを見ていた。
そして、この異常の中心に、まだ誰も触れていない『本当のBEAUTIES』があると気付き始めていた。
「藤村さん、私、ファイルを持ってるんです」
「ファイル?」
「BEAUTIESをきっかけにして、亡くなった方の、手記と動画です……」
「えっ? ……えーっと、あ、安堂さんだっけ」
「真帆でいいです」
「ありがとう。真帆ちゃんはそのファイル見た?」
「いいえ。怖くてまだ開いていません。『とても怖いです』っていう返信もらってて……」
「返信?誰から?」
「桑原慶さんっていう方のお姉さんからです」
「その名前は知ってる」
「知ってるんですか!?」
「……消えたインフルエンサー、でしょ?」
「そうです!なんで知ってるんですか!?」
「そりゃあ、すごい問い合わせ数だったし、まとめサイトにも載ってるしさ」
「そうですか……、まぁ確かにインフルエンサーの方の影響は凄いですよね……」
「そのファイル、どこにあるの?」
「まだダウンロードしていないので、掲示板のDM欄に添付されてると思います」
「どこのサイト?」
「ここです」
真帆はスマホでサイトを見せると、IDとパスワードを伝えた。
「あったあった」
「スマホでは見ないんですか?」
「BEAUTIESの監視下にあるスマホで見ると、何か起こりそうな気がして……」
「言われてみると確かに怖いですね」
「じゃあ見てみようか……」
――――――二人の顔に緊張が走った。