3-真帆視点・ノイズの中の顔
午前1時を過ぎた頃だった。
眠気はある。なのに身体は、寝ることを拒んでいる。
昨夜のことが気になって仕方なかった。
BEAUTIESに映った“瞬きしない自分”。そして、あの息の音。
「疲れてただけ……だよね」
独り言の声が、少し掠れていた。
この部屋には自分しかいない。
小さなワンルーム。冷蔵庫の唸る音と、古い換気扇の振動音が、かえって静けさを引き立てていた。
真帆は、テーブルに置いたスマートフォンを見つめる。
通知は何も来ていない。画面の奥はただの黒い反射。
……でも、なぜか、それすらも“何か”がこちらを覗いているように感じる。
「もう一度、確認しておこう。……バグだったら、スクショ撮れば開発チームにも送れるし」
言い訳のように自分に言い聞かせ、真帆はアプリを起動した。
BEAUTIES~
美しい音の起動音とともに、滑らかなインターフェースが立ち上がる。
目の前に、“加工された”自分の顔が現れた。
肌の艶、瞳の光、整った輪郭。
見慣れている。少し盛られた、けれどこれが“自分”なのだと信じてきた顔。
……しかし今夜は違った。
それは、ほんの数秒の出来事だった。
画面の中の「真帆」が――
自分より先に目を動かした。
視線が、右へ流れた。
まるで、画面の向こう側で“誰か”を見つけたように。
「……え?」
思わず端末を引き寄せる。
するとその瞬間、ノイズのようなものが一瞬、画面を走った。
バチッ、という小さな音とともに、画面が暗転した。
スマホはフリーズしたかのように動かず、反応がない。
「ちょっと……ウソでしょ……」
真帆は端末の再起動を試みた。
だが、暗い画面に――なぜかフロントカメラの赤い光だけが点灯していた。
録画はしていないはずだ。
真帆はスマホを裏返しにし、顔を背けるようにしてソファに倒れ込んだ。
「……なんなの、あれ……気のせいだって思いたいのに」
瞼を閉じる。
そのとき――
背後のキッチン側から、誰かが床を歩く音がした。
裸足。ゆっくり、粘つくような足音。
「……っ……」
呼吸が止まる。手が震える。
スマホの再起動音が鳴ったとき、真帆はもう、息を潜めることしかできなかった。
そして、音はすぐ耳元まで近づいて、消えた。
振り返れない。振り返ったら、そこには何かがいるとわかってしまうから。
真帆は勇気を出して目を開けたが、そこには誰もいなかった。
スマホを取り画面を見る。
BEAUTIESの画面が、明るく点いた。
——画面の中で、もう一人の真帆が、静かにこちらを見ていた。
彼女の唇は、ゆっくりと動いていた。声はない。
けれど、確かにこう言っていた。
「……かわって」