あらサーティンレクイレム
「お先に失礼します。」
『えっ、それどういう意味。』そんなことを思いながら、先月結婚した後輩に笑顔で
「お疲れさま。」と答える。
もうすぐ、30才なのに、恋愛経験ゼロ。
気付いたら、会社と自宅と通勤電車が人生の大半を占めていることに気付いた。
このままじゃいけないと思いながら、たぶん今年の誕生日も一人寂しくケーキを買って、お酒を飲んで寝るんだろうな。もう、それ以外、想像できない。
若い人達の輪に入るのもできなくて、おじさんの輪にも結婚した同僚の輪にも入れず、ひたすら仕事に逃げるしかない。そして、気付かないうちに30才の誕生日がひたひたと近いてくる。そして、突然肩を叩くのよ。
「誰?」
「あつ、課長、なんですか?」
「今日もお疲れのところ申し訳ないんだけど、今日ちょっと用事があって、この仕事やっといてくれない?」
「明日の朝までに、僕の机の上に置いておいてくれればいいから。」
「君のように、仕事好きの部下をもって僕も助かるよ。」
「残業は、適当につけていいからね。後は、よろしく。」
そう言って、逃げるよに部屋を出ていった。
「8時か?今から、頑張れば、12時の最終には間に合うか?まあ、家に帰ってもビール飲んで寝るだけだから、いいか。」
ひとり、黙々と、課長から押し付けられた仕事をしていると、
「さくらさん、今日も残業ですか?」と声を掛けられた。
2年後輩の山田が、声を掛けてきた。
入社時に面倒をみてやったのを、恩にきて、声だけを掛けてくる変な奴だ。
「どうせ、暇だろ、お前も手伝え。」
「いいですよ。」おっ、珍しい。多分、こういう時は、なやみ事相談か、昼間のいやなことでも愚痴りに来たか、そんなところだろう。
でも、それなりに仕事のできる奴だから、手伝ってもらえるのは助かる。
「でも、俺、残業認められてないから、付けられないんだよな。」
「わかったよ、今度なんかおごるよ。」
「商談成立。」
その日の課長の仕事は、あっという間に終わった。
「相変わらず、中身のない仕事してますね。お宅の課長。」
「そうなのよ。これぐらい、さっさとやればいいと思うんだけど。」
「今日は、ありがとう。早く終わったから晩ご飯おごるよ。」
「じゃ、牛丼のお盛でお願いします。」
「いいの?」
「はい、大したことしてないので。」
後輩に牛丼をおごって、帰りにコンビニでビールとポテチを買って家路についた。
2LDKのアパートに着くと、まずお風呂に入った。
この部屋で、お風呂に入ったのは、何日ぶりだろう。彼のおかげで、早く帰れた。
お風呂から上がると、ビールを飲みながら、スマホの動画を見るともなくみた。
しばらく見ていると、CMが入った。
「サラリーマンの皆様、お疲れ様です。今日は、そんなお疲れのサラーリーマンの皆様におすすめの物件をご紹介致します。なんと、ヨーロッパの古いお城が、100万円であなたのものに。疲れた、週末に体を癒せる別空間をご提供いたします。いかがですか?体験宿泊者募集中です。」
「なんか、詐欺まがいなCMだな。こんなの買う奴いるのか?」と思って、ポテチをかじりながらビールをあおった。このときは、まだ、自分がこの物件を買うなんて夢にも思ってなかった。