第8話 RTA
決着がつき、試合は終了。
決め手は私の回し蹴りによる顎粉砕で終わった。
試合終了後、ヒョロ男は即座にギルドマスターが手配した職員に運ばれて行った。
町医者に見せて治すらしい。かなりの重症みたいだが治癒魔法を使えば時間はかかるが治るそうだ。
治るならもっとやってやればよかった。
借りた木剣を返したりと片付けの作業をしていると、ギルドマスターが話しかけてくる。
「勝利おめでとう。にしても驚いたな。あいつはあれでもBランク冒険者なんだが……試合前に釘を刺したが必要なかったな」
「なんだ、あれぐらいがBなのか?」
「あれぐらいって、簡単そうに言うな。あいつはマイナスだが、それでもBランクのハードルは高い。ずっと上がれずに冒険者を引退するやつもいるくらいだ。この街だったらトップだぞ?」
想像以上に難しいみたいだ。
努力してもB、才能がなければAランクは夢のまた夢といったところか。
それでいったらSランクとは一体どれほどの力を持っているのだ?
「そういえば、あの木剣やけに硬かった。折れてないのが不思議なくらいだ。なにか特殊な素材でできているのか?」
「ん? あーいや、普通の木材だ。素材自体はな」
そう言って木剣を手に取り柄の底を見せてくる。
そこにはうっすら光る魔法陣のようなものが描かれている。
「ここに硬度強化の魔法陣が描かれている。いわゆる付与魔法というものだ。鉄の剣の方がいいが、金属はだいたい魔力と相性が良くなくてな。労力も掛かるし、壊れる可能性も考えると木にしてコスト削減だ」
「付与魔法、とはなんだ?」
「知らないのか?」
魔法についての本は読んだが、付与魔法については特に記述がなかったぞ。
中級だったが主に書かれていたのは一部の魔法と応用だけだった。初級に書かれているのだろうか。
「身体強化とセットで知ると思うのだが、簡単に言えば物の強化だな。硬くしたり、軽くしたり。仕組みに関してはよく分からん」
「身体強化はなんだ?」
「は? そこからなのか? ……待て待て、ということはあれは素の身体能力ってことか? 本当に?」
「嘘をついてどうする」
「スキルは?」
「持ち合わせていない」
スキルは確認したことがないからもしかしたらあるかもしれないが。
ギルマスは驚きすぎて口が開けっ放しになっている。そんなにか?
「……信じられん。カーゴと対等にやり合ってるんだから当然使ってると思ってたんだが……いいか嬢ちゃん。身体強化は体全体に魔力を循環させることで何倍にも身体能力を向上させるものだ。ハイランクの冒険者は使えて当然の必須テクニックだ」
「魔力がないから使いようがない。というか、あのヒョロ男も使っていたのか?」
「そうだ。あの怪力はまた別だがな」
なんでも純粋な運動能力が強化されるだけでなく、上位の者は動体視力や瞬発力なども強化されるらしい。
付与魔法と違う点は、身体強化は運動能力の強化、付与魔法は皮膚の強化で剣にも耐えれるようにするところらしい。
この世界の人間がどうやってドラゴンとかと戦っているのか疑問だったがこれが理由か。
冒険者として出世していくには純粋な筋力だけではなく、魔力を上手く扱いどれだけ効率的に強化できるかの戦いらしい。
今のところ魔力がない私は圧倒的に不利では?
「思い出したが、ラミーネから報告が来ていたな。魔力量が限りなく少ないと。それなら身体強化をしていないのも本当か」
「だからそう言っているだろう」
「にわかには信じられんからな。ただ、昔ある話を聞いたことがあった。とあるSランク冒険者だが、魔力をほとんど持っていなかったらしい。その代わり、異常なレベルで身体能力が高かった。恐らくその類なのだろう」
ほう、つまり魔力と身体能力は反比例するのか?
「あ、そうだ。今回の決闘だが、報酬という訳じゃないが嬢ちゃんの冒険者ランクをDに上げよう」
「え? そんな簡単に? 問題にならないのか?」
「俺を誰だと思っているんだ? ギルドマスターだぞ。ある程度までなら権限を持っている。それに正当な理由もある。嬢ちゃんは確かこの街に来る前に迷いの森のオオカミを仕留めていたよな?」
シエルと出会った時のやつだな。あの後門番に回収されてあとから換金した分のお金を渡されたやつだが。
「あのオオカミは結構手強くてな、D+位の強さだ。それにカーゴはBランク、油断していたとしてもそれに勝っているのだからDランクは妥当だろう? 最近は冒険者が不足気味だしな。使える人材はさっさと上げていきたい」
「狼は奇襲だったぞ」
「あいつらは勘が鋭い。奇襲できる時点でなかなかな腕前だ」
確かにそう聞くと妥当ではありそうだ。ゆっくり上げていく計画は破綻したが、まぁ私にデメリットはないから有難くちょうだいしよう。
Dランク到達RTAがあったら間違いなくトップだ。多分これが一番早いと思います。
「よし、それじゃあこれで諸々終わりだな。今日はご苦労さんだった」
そうギルマスが言うと同時に鐘の音が鳴る。
この街ではだいたい正午と午後六時ぐらいに鐘が鳴り、多くの店はこの音を頼りに一日の仕事を終わらせる。
そして日中に開いてる店が閉まるのと同時に夜中に開く酒場といった店が始まる。
レナトスも例に漏れずこの時刻に開店する。
つまり遅刻だ。
「まずい、遅刻だ。ギルマス。ランク昇格はまた今度でいいか?」
「問題ないぞ。Bより下は対して難しいことはしないからな」
「ありがとう、ではこれで」
全速力でレナトスへ向かう。
本来なら酒場が始まる前にはクエストは終わっていたので間に合っていたはずなのだが、ヒョロ男に絡まれて長引いてしまった。
通りを抜けレナトスに着くと、当たり前だがもう開店はしてしまっている。
急いで準備して手伝おう。
「すみません、イリークさん。遅れました」
「おう、おかえり。準備が出来たらシエルの方を手伝ってやれ」
今日は普段より少し客数が多い気がする。
一人でホールを回すのは大変だろう。
「シエル、手伝うよ」
「! おねーさん!」
ホールに出てシエルの代わりに酒瓶を持つと抱きついてきた。
ぼふっと胸元辺りに顔を埋めてくる。ちょうどいい高さに頭があるからついつい頭を撫でてしまった。
「えへへ」
満足したのか満面の笑みで私から離れて仕事を再開する。かわいいやつめ。
私も遅れた分を取り返さなければ。
「おっ、これは先程大活躍だったカンナちゃんじゃないか! いや〜、大番狂わせでがっぽり稼がしてもらったよ!」
「近づくな。蹴るぞ」
「えぇ……シエルちゃんと全然態度違くね……?」
訳分からん輩が手を広げながら近づいてきたので警告をしておく。態度が違うのは当然だろう。お前はシエルでは無い。
こんな茶番をしてる暇は無い。まずは業務を終わらせることが先決だ。
「ふ〜……捌ききったな」
「お疲れ様ですイリークさん」
「おう、お疲れ」
何とか仕事は終わり、今は片付けも済ませゆっくりしている時間だ。
今日は客自体は増えてなかったが、注文数が多かった。私に賭けてた人だろうか。
「あ〜そうそう。カンナちゃん、決闘で勝ったんだって? 冒険者登録した当日に決闘とか、結構ヤンチャだね」
「好きでやったわけじゃないですよ」
ガハハと豪快に笑いながらイリークさんが物置になっている部屋に入っていくと、ガサゴソと何かを取りだし投げ渡してくる。
受け取ってみると、それは剣身が七十センチ程の鉄剣で、飾りとかは無い無骨なものだが確かに職人の腕を感じる代物だった。
「なんです? これ」
「冒険者になったんだろ? 祝いだ。結構昔によくウチを利用してたニュービーが置いてったもんだ。俺から見ても結構いいもんだとは思っててよー。誰かに使ってもらおうと思ってたんだ」
結構前、それこそシエルが産まれる前に利用していたお客さんらしく、離れる時に感謝の気持ちとして置いていったものらしい。
当時まだ見習いだった鍛治職人が作ったものみたいだが、私から見てもかなり品質はいい。
見習いでこれなら今はどうなっているんだ?
「いいんですか? 貰っても」
「ああ。俺は使わねぇし物置に残しっぱなしってのはな。ま、これで立派な冒険者にでもなれよ」
「おねーさん! 私からはこれを!」
そう言われシエルから赤くうっすら発光した石のペンダントを貰う。
「時間が無くて渡せてなかったけど、火の魔石を加工したものです! この街では仲良くなった人に魔石をプレゼントするんです!」
「……」
「わっ!? 嬉しいですけど、撫でないでください〜!」
本当に可愛いなシエルは。
これで武器を買う予定が無くなった。浮いたお金で今度スイーツでも買ってこよう。