第7話 万死、いや億
「何をしている」
殴ろうとしたら間に入ったギルドマスターに止められてしまった。
額に青筋が浮かんでいる。
「嬢ちゃん、あんた今朝も騒動を起こしていたよな? 一日に二回も問題行動するつもりか?」
「今回は殴らざるを得なかった。証人もいる」
「どういうことだよ。あと、カーゴ。お前、またギルドカードを停止させるぞ」
「チッ……わかったよ」
一応反省の色を示したからか、パッと掴まれた拳を離される。
結構本気で殴っていたが、簡単に止められた。見た目にそぐわずかなりの実力を持っていそうだ。
「はぁ……で、一体何が原因でこうなってんだ?」
かくかくしかじかと事の経緯を伝える。
まぁ恐らく朝に絡んできた男の仲間がこのヒョロ男に告げ口をしたのだろう。兄貴分なのか知らないが、仇を取りに来たといった感じか。
そもそも私から危害を加えた訳では無いが。
大体の話を伝えたあと、ギルマスはラミーネさんに確認をとる。目の前で起こったことなので特に齟齬はなく確認を取れる。
「なるほど、大体把握した。ことの発端は朝の騒動だが、あれはそもそもアングが始めたことだ。嬢ちゃんとカーゴには関係ない話だが……どうせ不満だろ? 地下に闘技場がある。そこで決着をつけるというのはどうだ」
「ああ? あそこか」
「闘技場なんてあるのか?」
「ああ。Bランクからは昇格のために上位ランクの冒険者と試験を行う。闘技場はその会場だ。他にもいろいろ使い道があって、今みたいな状況で戦って決めるということもある」
「なるほど。私はそれで構わない」
「俺様もそれでいいぜ」
「決まりだな。地下はこっちだ、着いてこい」
そう言ってギルマスは脇にあった階段を下っていく。それについて行きしばらくすると、かなり広めの地下空間に出た。
天井まで十メートル近くある地下空間は照明のようなものは見えないが、隅々まで余すことなく光が灯っている。
多分だが魔法を使っているのだろう。道具を使わずに全体を余すことなく照らせるとは、魔法とはななかなかに便利で恐ろしいものだな。
地下空間の中央には闘技場だと思われる平坦な台と、それを取り囲むように客席が取り付けられている。
さっきまで周りにいた冒険者たちはぞろぞろと客席に着いていて、どっちが勝つかで賭けをしているらしい。
「それじゃ、始める前に一応のルールだ。今回は決闘という形で行うが、あくまで模擬だ。公平性は保たなければならない。だから武器はこっちが用意した木製のものを使ってもらう」
木製の直剣や槍が入った箱を指す。
剣だけかと思っていたが、案外種類がある。ただ残念ながら木刀はなかった。刀なら少し心得があるが、今回は剣でいこう。
「勝敗の決め方はどちらかが降参あるいは戦闘不能になった場合と、台から落ちた場合だ。怪我等は一切の責任を負わないが、相手を死亡させた場合は冒険者の身分剥奪だ。そこは気をつけるように」
殺さなければいいんだな。
箱から木剣を取り出す。全長約百センチ、刃渡り七十センチほどで重さは五百グラムくらいだ。サッカーボールくらいだな。
ヒョロ男の方も私と同じように木剣を持っている。
十五メートルほど離れて待機する。
ヒョロ男はおそらくBランク並の実力があるだろう。見覚えがあるようだし。
少なくともCランクだった朝の男より強いことは間違いない。
Bランクは冒険者として熟練と言える領域。さすがに簡単に終わらせれる相手ではないだろう。
「用意はいいか?」
何を仕掛けてくるのか分からない。
どんな動きにも対応できるように構える。
「先に宣言しよう。楽に死ねると思うなよ」
「ああ? やってみろよ!」
「……やりすぎるなよ? それでは、始めッ!」
「ひゃはは!」
さっそくか。
始めの合図がした直後、ヒョロ男はこちらに一気に近づく。かなりの速さだ。
勢いをそのままに上から木剣を振り下ろしてくる。
「死ねぇ!」
「むっ」
とりあえず両手を使って受け止めてみるが、想像よりも衝撃が強い。
思わず片膝を着きそうになるが、すんでのところで耐えれた。
剣を傾けて下側に滑らせ、ついでに首元を狙って剣を振るう。
ヒョロ男は受け止めた時は驚いた顔をしていたが、首元を狙った剣は冷静に回避された。
体勢を整えよう。
「へ〜驚いた。俺様の攻撃が初見で受け切られたのは久しぶりだ」
先手必勝の戦法だったか。あそこで膝を着いていたら恐らくタコ殴りにされただろう。
ただこれで少ないが情報を手に入れることが出来た。
あのヒョロ男は見た目より遥かに力が強い。見た目から判断するのは早計だが、それらしい筋肉を持ち合わせてない。ならば恐らくスキルを持っている。
ここは剣と魔法のファンタジーな世界、魔法だけでなくスキルというものもある。
といってもなにか特別な力を宿している訳ではなく、得意なことや才能ある分野がスキルとして現れるだけで、スキルが有るから強くなる訳では無い。
ただ、スキルの中でも自ら発動させる任意型のスキルもある。
ちなみにスキルを判別するには『鑑定』のスキルか、同等の能力を持つ特殊な水晶玉しかない。通常、五歳前後の段階で教会にて判別するらしい。
いやしかし、攻撃自体は受け止めれるが、如何せん威力が強すぎる。何度も受け止めていたら手がしびれて使い物にならなくなる。
ここは回避に専念しよう。当たらなければどうということはない。
「来ねぇのか? なら……俺様から行くぞ!」
少し観察をしていたヒョロ男は、最初と同じように間合いを一気に詰め攻撃を仕掛けてくる。
ただ最初とは打って変わって全く当たらない。
髪一重、寸でのところで悉く躱していく。
針の穴に糸が通りそうで通らないようなもどかしい感覚だろう。
フェイントがない素直な剣筋だから非常に避けやすい。力は相当なものだが技術や工夫が足りていない。典型的な身体能力に任せてきたタイプなのだろう。
「ヒューいいぞ! 嬢ちゃん! その調子だ!」
「何してんだカーゴ! 遊んでないで早くやれ!」
攻撃を避け続けていると観客の方から歓声や怒号が聞こえる。賭けていた人達のようだ。
できるかは知らないが、せっかくなら自分に賭けてみても良かったな。
「なんでッ……当たんねぇ!」
なかなか攻撃が当たらず苛立っている様子。
初見だと初めて防がれたと言っていたし、今までにない経験なのだろう。
それだけで心乱されるとは、普段の冒険者生活でいつか痛い目にあいそうだ。
まぁ私には関係ない話だが。
「クソっ、オラァ!」
上段からの振り下ろし。
最初の一撃と同じ攻撃をデジャヴのように受け止める。
避けに徹していたスタイルからは予想外の行動。
ただし最初とは違うのはその後の動きだ。
刀身を傾け相手の重心をずらす。
適応できずに体勢を崩した隙を突き、相手の剣を根本から上にはね飛ばす。
「ンナッ、消えっ」
突然の出来事に油断していたヒョロ男は手から木剣が離れ、注意が上側に向く。
その瞬間、しゃがみこむように身体を沈める。相手の視点では一瞬目を離したら目の前にいたはずの対戦相手が消えていると感じるだろう。
私は宣言した。苦しんでもらうと。
ヒョロ男のあご目掛けて回し蹴りを行う。
理解が追いつかず、無防備な状態。そこに完全なる死角、意識の外から強烈な一撃を叩き込む。
「ァガッ!」
バキッと何かが砕けたような音と共に激しく脳を揺さぶられた男は、自身に何が起きたのか理解する間もなく気絶する。
だがこれだけでは終わらない。
「ふん」
「おい、何している……?」
気絶してる男の金的に蹴りを加える。
こいつはシエルに手を出そうとした。それは万死に値する行為だ。
なのでこいつの命で償ってもらおう。これならば万死、なんならお釣りが大量についてくる。
「ふん、ふん」
「お、おい、止まれ。もう試合は終わった。だからそれをやめろ!」
ギルドマスターに止められてしまった。なぜか眉をひそめている。人を見るような目をしていない。
一応審判なので蹴りやめよう。まだまだ足りないが。
……? 何やら周りが騒々しい。元々賭け事で騒いでいたが、それとは別にざわつきがあるようだ。
「やべぇ。あいつと関わんのやめた方がいいぜ」
「悪魔か? あの女」
「シャア! 今月の生活費はギリギリ稼いだ!」
喜びの舞をしてる冒険者や股を押さえて観客席を退出する人がちらほら。
あぁそういえば、兄弟仲良く同じ結末だな。めでたしめでたしだ。
かわいそう