第6話 一触即発
薬草採取の依頼のために迷いの森にやってきた。
迷いの森は私がこの世界に来た時に最初にいた場所だ。あそこはどうやら薬草といった植物が豊富なのだとか。薬草採取の依頼にはうってつけだろう。
依頼に行く前にラミーネさんからおすすめされた植物図鑑(日本円換算で定価千二百円)を取り出す。
これには今探してる薬草から毒草、植物型の魔物といったさまざまな植物に関係するものが載っている。
かなりファンタジーなものもあり、面白そうなもので言うとニトロ草というものがある。
爆発しそうなその名の通り、加工すれば起爆剤の原料になるものだ。原料のままでも火をつければ燃え上がるらしい。
そして今回探している薬草は魔力草、回復薬に使われる特殊な薬草だ。魔法があるファンタジー世界で定番なポーションと呼ばれるものだな。
初級から下級、中級、上級まであり、魔力草は主に中級まで使われてるらしい。冒険者のみならず日常生活での怪我に使うこともあるらしく、常に不足している。
微弱に魔力を含んでいて、それを見分けれれば簡単だと本には書かれているが、全くもって分からないので地道に探していく。
ちなみにポーションは体内にある魔力を活性化させて傷口を塞ぐというやり方だそうだが、私はどうなるのだろうか。特に効果がないのだとしたら怪我をしないよう注意しなくてはならない。
ガサッ
ッ! なにやつ!
少しずつ薬草を採取し、段々と慣れてきてスピードが上がり始めた時、近くの茂みが突然揺れる。
すぐさま距離を取りながら腰にかけてあるホルダーから短剣を取り出す。
街に来てからまだ一度も外に出たことがない。多少の知識ならもっているが、経験が圧倒的に足りていない。
何が来てもいいように神経をとがらせて茂みに注目する。
「あぶなっ」
短剣を構えながら待っていると茂みから何かが飛び出してきた。
一直線に向かってくるそれをひらりと躱し、その正体を突き止める。
突っ込んできたそれは角が生えたウサギだった。よく見る王道ファンタジーの魔物だ。
うさぎはだいたい地球の大きさと変わらず、ただ単に額に十五から二十センチ程の角が生えてるだけだ。
ここまで定番なものが来るとは、少し感動的だ。
角が生えたうさぎ……たしかホーンラビットだったか?
ホーンラビットは後ろ脚をじりじりさせながらこちらに狙いを定めてる様子だ。二撃目を放つつもりだろう。
体をしっかりとうさぎに向け、向かい打つ用意をする。
脚に力を溜め、ホーンラビットはその立派に生えた角で腹部を貫かんとばかりに突撃してくる。
軌道は一回目とほとんど変わらない。一度見た動きなら対処は容易だ。
一回目と同じように体をずらし、攻撃を躱す。
ただしここで一回目と違い、躱す際にホーンラビットの首元に向けてナイフを振るう。
勢いよく振られたナイフはホーンラビットの首の側面を斬り裂く。
空中で首を斬られたホーンラビットは力なく脱力し、地面に体を落とす。
言葉通り首の皮一枚残した状態でホーンラビットは倒され、初めての魔物との戦闘は私の勝利で終わった。
ナイフについた血を拭ってホルダーにしまう。
突然の戦闘だったが、案外対処は出来たな。
死骸となったホーンラビットを持ち上げ、角を触ってみる。当たり前だが硬く、突き刺さったら漏れなく死んでしまうだろう。
ホーンラビットはランク的にはE、駆け出し冒険者が狩る程度の魔物だが、油断すると自分が狩られるな。
まだ目的の薬草は集め終わっていない。引き続き周囲を警戒しながら採取していこう。
◆◇◆
結局また途中でホーンラビットに襲われたが、一匹目と大して動きがあんま変わらなかったため難なく対処した。
突進して攻撃するのが習性なんだろうか。
とりあえず薬草は十五本採取した。もっと集めても良かったが、血の匂いを辿って他の魔物が来ても困る。人より大きいとかならさすがに短剣では厳しい。
二匹のうさぎと薬草を持って街に戻る。
今回からギルドカードをもっているので門番に引き止められることなく通過する。そのままギルドに直進して薬草を渡そう。
受付に直行だ。
「おかえりなさい。お早いですね」
「途中で魔物を狩ったが、確か向こうだよな?」
「そうですね。魔物は向こうの方に」
依頼を達成した場合、何かしら証拠になるものをギルドの受付に提出する。今回は薬草採取だから集めてきた薬草を提出する。
そして道中で狩った魔物はまた別の受付に提出する。食用ならなんやらで分解できる魔物は持って帰って売るとさらにお金が貰える。
先にこっちで皮とか肉を切り分けて提出した方が人件費分が無くなって利益は増えるが、面倒くさいのでそのまま渡す。
薬草は小銀貨二枚、銅貨一枚で、ホーンラビットはだいたい大銀貨一枚くらいだ。日本円にしてだいたい一万五千円だな。
日給一万五千円と考えると割が良いと感じるが、命を失うリスクがあるから一様に良いとは言えない。
ラミーネさんから報酬を渡してもらう。
冒険者として初めての報酬だ。今この瞬間、冒険者になったと言っても過言ではないだろう。
何に使おうか。
冒険者人生を続けていくために防具やら武器やら買うべきだろうか。いやお世話になったイリークさん達に感謝の印としてスイーツでも買うべきか。
「あ、あいつです。あの銀髪の女!」
「あいつか……へえ、なかなか上玉じゃねぇか。おい、お前!」
初収入をどうしようか考えていると、背の高いひょろっとした男が話しかけてくる。
ニヨニヨと笑い、ただ話しかけたと言うよりは明らかな悪意をもっている。
後ろの方には見覚えがある顔がこっちを見ていた。
「……」
「ッてめぇ、シカトしてんじゃねぇぞコラ!」
「……はぁ、用があるなら勝手に言えよ」
デジャヴか?
睨みつけるように男を見る。
正直関わるだけ面倒くさそうだが、隣で大声で叫ばれて黙ってるほど人は良くない。
「チッ、ンだそのナメた態度は……まあ許してやる。お前、アングを怪我させたんだってな?」
「アング? 誰だそいつは」
「てめぇが朝に殴った男だよ!」
そういえばそんなこともあったな。
あまりにも呆気なくて記憶に残っていなかった。
「てめぇのせいでかかった治療費で多額の請求をされてんだわ。だからケジメつけてもらいにきたんだよ」
「ケジメも何も、そいつが弱かっただけだろ」
そう言うとヒョロ男は沸点が低いのか、すぐに目を吊り上げる。
しかし何か思いついたのか、すぐさま気持ち悪い笑みを浮かべた。
「ヘッ、まぁいいんだぜ? てめぇが払わないならてめぇの家族に払ってもらうからよ。宿屋にいたよな? 看板娘の……なんだっけ、『シエル』だったか?」
こいつ、何を言っているんだ?
「ガキでも売り飛ばせばいくらか金になるだろうなぁ」
「……お前、死にたいらしいな」
殺気立った空気がギルド内部に充満する。
こいつは今、私の大切な存在に手を出そうとしている。
万死に値する。たとえ王だろうが神だろうが、手にかけようとするものに情けは無い。
突然の争いの気配に離れてたところで会話していた他の冒険者も寄ってきて騒々しくなる。
受付前の比較的広がっている空間で冒険者達が円形に囲んでいる状況は、さながらコロシアムのようだ。
「えっ、えっ?」
突如目の前で発生した異常事態にラミーネさんも困惑している。
また騒がしくしてしまって申し訳ないが、こいつは生かしておけない。
状況は一触即発状態。空気は重くなり、視線だけで射殺せそうな中、互いの一挙手一投足に集中すること数瞬。
ほぼ同時に相手の顔面目掛けて攻撃を仕掛ける。
一撃で終わらそうと力を込めた拳が顔面に狙いを定めた瞬間。
「ストップだ」
殴り飛ばさんとする拳はいつの間にか来ていたギルドマスターによって止められていた。