第4話 冒険者ギルド
おはよう、世界。
先日の騒動から数日が経ち、いつも通り何の予定もない日が始まった。
あの後、私が吹き飛ばしたマーガリンだがなんだか名乗っていた冒険者が謝罪しに来た。久しぶりに街に戻れてつい飲みすぎたとかなんとか。
幸いシエルに怪我はなく、大して気にしてなさそうだったのでどうでもよかったが、お詫びとして渡してきた金貨だけ受け取っておいた。
マーガリンから貰ったお詫びは小金貨二枚、二十万くらいだ。この街の基本月収くらい頂いた。
普通に大金だが、冒険者は金持ちなんだろうか。
ついでに、この世界の貨幣制度について整理しておこう。この世界は貨幣制度であり、主に硬貨が使用される。下から順に銅貨、銀貨、金貨、白金貨と続いていく。白金貨までの全ての硬貨は小、中、大と分けられていて意外と細かく区別されてる。
「冒険者か……いいかもしれない」
この世界に来てもうひと月以上経過している。だんだん慣れてきて仕事も安定してきた。
そうなると暇な時間が増えてくる。
今までは言葉の習得やこの世界についていろいろ勉強していたが、学べることはやり尽くしてしまったし、することがない。
友人の影響もあるが、元々異世界ものの定番である冒険者には興味があった。
レナトスには結構な冒険者が集まるのでどういう仕事があるのかはだいたい知っているが、実際に体験してみたい。転職という訳では無いが、とりあえず一度見に行ってみよう。
早速ギルドに向かう。所持品としてとりあえずレナトスにあった短剣を貸してもらった。
冒険者のなり方は客から少し聞いている。
まず初めに、冒険者ギルドという場所で冒険者として登録をするらしい。
そうしたらクエストボードと呼ばれるところに依頼書が貼ってあり、そこからいろいろな依頼を受注するという流れらしい。
あくまで第三者からの情報なので正確なのかは分からないが、まあ、なんとかなるだろう。
そう思いながら歩いていると、冒険者ギルドの目の前まで来た。
ギルドは街の中央付近にある木と石でできた三階建ての建物であり、鎧を着た人達が出入りしている。
いかにもな感じがして少し気分が高揚する。
バンッと扉を勢いよく開ける。
ダークブラウンの室内は落ち着いた印象を抱かさせ、机に座っている冒険者から圧のようなものを感じる。
さすが命を削ってる仕事、ひとりひとりの面構えが違う。
登録をするには受付に申請をしなければならない。
扉から入って真正面にいるカウンターの女性に話しかける。
「こんにちは」
「こんにちは。ご依頼でしょうか。それとも護衛の申請ですか?」
「いや、冒険者登録がしたいんだが」
「え? 登録ですか?」
肯定の意味として頷く。
「失礼ですが、ご貴族の方では……?」
「貴族? 違うけど」
「……あっ! すみません。勘違いしてたようです」
なにかまずいことでもあったかと思った。
冒険者になるにあたって特に制限は無いって聞いてたが、誤った情報を掴まされたかと。
カウンターの女性は戸惑いながらも手続きする。
手続きと言っても名前やら年齢やらを答えただけだった。しばらく返答を繰り返した後、目の前にいつぞやの水晶玉が置かれる。
「それでは、こちらで現在の魔力量を測らせて頂きます。その水晶玉に手を乗せてください」
「魔力、を測るのか?」
「はい。現在、冒険者は人手不足でして……魔力を多く持つ人は大抵お強い方なので、最初のランクを上の方にするんです。ランクによって制限がありますから」
なるほど。魔力が多いやつは強いのか。
もちろん例外もいるのだろうが、相手の強さを測るいい指標になりそうだ。
まぁ問題の魔力が分からないのだが。
そんなことを考えながら水晶玉に手を乗せる。
しかし、一切の反応を示さない。
てっきり前に手を乗せた時と同じように灰色になると思っていたのだが、そういう訳では無いのか?
「あれ? おかしいですね、反応がない? ……すみません、故障してるみたいです。一度、新しいやつに取り替えてきますね。少々お待ちください」
なにか不備があったみたいだ。本来なら何かしらの動きがあるのだろう。
いや、本当に不備なのか? 私はこの世界の人では無い。なのでそもそも魔力を持っていない可能性がある。
新しいやつで同じような結果が出たらそういうことなのだろう。今は待つしかないか。
「おい、お前」
特にやることも無く虚無に時間を費やしていると、不愉快な声とともにニヤニヤした男が話しかけてくる。見た目はよくレナトスで見かける普通の冒険者って感じだ。
「冒険者になろうとしてんのか? なら先輩冒険者の俺からアドバイスしてやるよ。てめえみてぇなひ弱な女が冒険者になれる訳ねぇだろ!」
ギャハハハと下品な笑い声を発する。後ろの方で取り巻きかなんかが同じく笑っている。
レナトスで飲みに来た冒険者を見てると分かるが、この職業は治安が悪い。喧嘩は日常茶飯事だし、こういういじめのようなことはよくあると聞いた。
こういうやつには関わっているだけ無駄だ。
「あれか? よくあるおとぎ話で冒険者に憧れちまったやつか?」
「……」
「ママに教えて貰えなかったのか? んなもんねえってよ!」
「……」
「……てめぇ、無視してんじゃねぇぞ!」
話すだけ無駄なので見向きもせずに無視していたらキレ始めた。
勝手に話しかけたくせに怒るなよ。
怒りに身を任せた一撃を半身になって避ける。
男は避けられると思っていなかったのか、少し体勢が崩れる。何とか反対の手で攻撃をしてくるが、これもまた半身で避けていく。
何回か殴りかかってくるが、どれも当たらずに空を切る。
「クソッ!」
「一応言っておくが貴様から始めたことだからな」
「あぁ!?」
正当防衛があるかなんて知らないので一応の勧告をしておく。
そんなこと頭の中に入らないくらいカンカンだが、にしても雑な戦い方だな。
何かする前に黙らせても良かったのだが、ギルドにいるし多分こいつも冒険者だろう。
こいつがどの程の強さでどれくらいの立ち位置かは知らないが、冒険者がだいたいどのくらいの強さなのか確かめたかった。
今のところ本当に戦闘を生業にしてるのか信じられないくらいだが……対人だからか?
「ただいまもどりま……ってえ、ちょ! 何してるんですか!」
やべ、帰ってきた。
私から始めた訳では無いが、この男が変なこと言ってややこしくなったら面倒だ。私は平穏な冒険者ライフを送りたい。
だいたい目的は果たせたし、一眠りしてもらおう。
男が大振りな攻撃をしてきたところで、その腕をいなしながらかいくぐり、金的目掛けて蹴りを入れる。 突然の反撃と急所に重い一撃を受けた男は、声にならない声を上げながら、苦しそうにドスンと倒れてしまった。
どうして人間のオスはこうもやり易い位置に弱点があるのだ。
受付の女性は、自分の目の前で人が倒れたことに驚愕と焦りの表情を浮かばせながら、倒れた男と私を交互に見てくる。
平穏ライフ……ふむ。
「……とりあえず登録は続けられるか?」