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第28話 異世界転移は一度きり

 暖かく、どこか落ち着く感覚がする。まるでプールの授業が終わった教室で、涼しい風を浴びて微睡みの中にいるような、ずっとこのままでいたい感覚。


 思考することすら躊躇われそうな中、うっすらと何かをしなくてはならないような、焦燥感や使命感と言った感覚を覚える。

 呆然と何かを探しているような、探さなくてはならないような。しかしそれが何かまでは分からない。

 


 ゆっくりと目を開ける。

 全身が痛む中、私は今までの物とは比べ物にもならないほどふかふかのベッドに包まれていた。

 知らない天井だ……。


 体が痛い。全身バキバキだ。

 少しずつ明瞭になる思考と同時に、鈍かった痛みまで良く感じてくる。

 お前は来なくてもいいぞ〜。



「いてぇ……ん?」



 とりあえず体を起こし、ここがどこなのか知ろうと辺りを見回すと、すぐ側でシエルが寝ているのに気づく。

 ぐっすり眠っている目には隈のようなものが見え、少し赤く腫れている。

 有言実行はできたが、心配させてしまったようだ。


 コンコンコン。


 扉が数回ノックされた後、メイド服を着た侍女のような人が入ってくる。

 しかし私を見るやいなや、驚いた顔をしてどこかへ行ってしまった。

 ふーむ……ふかふかのベッドに広い部屋、そして侍女がいるとは、ここはかなり高貴な場所のようだ。



「んぅ……」



 侍女がいなくなった後、すぐにシエルが目を覚ます。

 そして顔をあげ私の顔を見るとすぐさまに抱きついてくる。恐ろしく速い抱きつき、私でなければ見逃してしまうだろう。

 しかしけが人にそれはちょっと厳しい。シエルに顔を埋められた場所がズキズキと痛む。



「おはよう。シエル」

「ふっ、ぐ、良かっだぁ……わたし、死んじゃったのかと思っでた……」



 シエルは安堵したように声を漏らす。

 

 ……しまったな。まさかここまで思われてるとは。

 あれは最善を尽くした結果だ。後悔はしてないが、こんな反応をされると心が痛む。

 確かに、無茶しすぎたかもしれない。シエルを無事に王都に届けることに意識を向けすぎてて、自分の無事なんて考慮していなかった。

 

 異世界転移なんて一度きりだ。飛行機から墜落した時にこの世界に来れたのは奇跡だ。それが何度も起きるはずがない。

 せめて、命を落とさないくらいまでには抑えよう。


 

 とりあえず行き場のない手をシエルの頭に乗せて撫でておく。ご機嫌取りという訳では無いが、これで安心してくれたらな。

 

 そう思いしばらく撫で続けていたら寝てしまった。寝不足だったのだろうか。

 ちょうどベッドがの上なので横にして布団をかけておく。



「さて……」

 


 私の方はベッドから離れ、部屋を見ていく。

 部屋全体はかなり広く、だいたい三十畳ぐらいだろうか。小物や装飾が多く、普通の寝泊まりする場所とは思えないほどに豪華だ。

 窓から外を覗くと、下の方に街並みが見える。どうやらこの建物はかなり高いところにあるようだ。

 確か私たちは王都に向かっていたはずだから……ここは王城か?



「やぁ、おはよう」

「あぁ、黒瀬か」

「起きたばかりだと聞いてたけど、随分元気だね」



 もっと情報を得ようと部屋の外に出ようとすると、黒瀬とばったり会う。

 ちょうどいい。あの後何があったかいろいろ聞いておこう。



「目覚めたばっかで悪いけど、準備をお願いしてもいいかい?」

「なんの準備だ」

「謁見さ。この国の王様がカンナに会いたがっている。食事を用意してるから、それを食べたあと直ぐに着替えてもらいたい」

「急だな」

「スケジュールの問題で今日しかなくてね。忙しいけど頼む」



 また頼み事か。今回はドラゴンとやり合う羽目にはならないだろうな?

 すぐさま食事が用意されている広間へ移動する。シエルはもう挨拶は済ませているらしい。

 それは良かった。お疲れのようだからゆっくり寝てて欲しかったからな。

 移動の途中、こちらからの質問に答えてもらう。



「いろいろ聞きたいことがあるんだが……まず、ここは王城で合ってるか?」

「ああ。ここは公国リベルタスの王都、エレフセリア。その王城だ」

「あの後何が起きた? シエルの顔色が悪そうだったが」

「それは大変だったよ。爆発した後、君はめちゃくちゃ重体でね。ポーションもろくに効かないからすぐに馬車を手配してここに運び込んだ。そして優秀な魔道士たちに手当してもらったよ」



 体は黒焦げになり、生きてるのが不思議なくらいだったらしい。

 可能な限り早くここまで運び、王宮に仕える治癒魔術士によって一命を取り留めたようだ。私はただの庶民なのに手厚い施しだな。

 

 それにしても眠っている時妙な感覚がしていたが、あれは死に片足を突っ込んでいる状態だったか。いやもはや半身浴までいってたか?



「シエルちゃんはずっと心配してたよ、一週間も寝込んでいたからね。にしても驚いた。もうそこまで回復するなんて……」

「一週間も寝てたのか……ドラゴンはどうなった?」

「逃げられた。君ごと巻き込んだ爆発で大ダメージは受けていたけど、まだ動けていたよ。でももう近づいてこないんじゃないかな? 痛い目にあっただろうし」



 決死の突撃だったが、倒しきれなかったようだ。さすがは生物界の頂点といったところか。


 広間につき、用意された料理を食べる。

 寝起きの時は感覚がなかったが、ものすごくお腹が空いてる。寝ている間は何も食べてないわけだから当たり前ではあるが。

 料理は王族も摂るだけあって非常に美味い。完璧な火加減で調理されている。

 


 ある程度腹も膨れたところで、近くで待機していた侍女に服を着せてもらう。

 自分で着ようと思えばできるだろうが、こういうのはプロに任せた方がいいだろう。

 服はドレス等ではなくタキシードのようだ。私としてもこちらの方が動きやすいからありがたい。



「それじゃ、これから公王との謁見になる。くれぐれも失言しないように気をつけろよ?」

「任せろ」

「ほんとに大丈夫かなぁ……君、認めてない相手には強気だろ?」



 友人ならともかく、知らない人から命令されるのは嫌いだ。例えそれが一国の王であろうと変わらない。

 何事もまずは信頼関係を築くことから始まるべきだ。


 話しているうちに王のいる部屋の扉の前まで着いた。



「ボクは少しやることがあるから離れる。何かあったら助太刀するつもりだけど、本当に頼むよ?」

「善処する」

「……まぁいいか、行ってこい!」



 黒瀬からの激励と同時に、両開きの大きな扉が開かれる。

 中では左右に黒の鎧で包まれた屈強な騎士達が並び、その先の玉座には初老の男性が座っている。

 白く立派な髭は口元全体を覆い隠し、少し暗めの青い瞳は高い知恵を持っているように見える。その瞳で真っ直ぐに私を見る様は、荘厳な部屋と相まってカリスマ性を感じた。


 さすがは一国の王か、威圧感がすごい。

 少し前の方まで歩き、片膝を立てて頭を低くする。



「面をあげよ」



 言われるがままに顔を上げる。



「よくぞ来てくれた。貴殿はわしの大切な臣下を守ったそうだな。感謝する」

「はっ、ありがたき幸せ」



 臣下? 自分の国民についてか、それともサリウス王子についてか。しかし王子は守った記憶は無い。レッドドラゴンとの戦闘中はその場にいなかったし、誰のことだ?



「して、貴殿はどうやら数々の功績があるらしいではないか。王の種の討伐に、流行病の特攻草を守護。素晴らしい」

「いえ、それほどのことでもありません。公国に住まう一人の民として当然のことをしたまでです」

「フハハ! 実に謙虚な事だ」



 とりあえず喜びそうなこと言ってその場を凌ぐ。

 実際そこまでのことはしていない。ブラックオーガは幼体だったし、アラクネに関しては会話ができた。

 恐らく王に伝わるまでの間に脚色されたのだろう。



「そこで提案なのだが、わしの部下になる気はないか?」



 ほう? 予想外の提案だ。

 王の部下……つまり近衛騎士になれということか?



「申し訳ありませんが、その提案は断らせていただきます」

「ふむ……即答か」

「貴様、王の申し出を断るのか!」

「は?」



 王のすぐそばに居た騎士が怒りの言葉を言いながら剣を引き抜く。

 なんだ? まさか提案を断ったからキレてるのか?

 確かに即答気味ではあるが、私の意見は聞く気がないのか?


 

「王から直接のお言葉……それも栄誉ある近衛騎士への誘いを、貴様は断るつもりか!?」

「私は自分の気持ちに従ったまでだ。私は誰かの下につくつもりはない。そもそも良く知りもしないところに入りたいわけないだろう、文句あんのか?」

「貴様……我らを侮辱する気か!」



 部屋全体が殺気立つ。

 なんだコイツら。忠実なのはいいが、さすがに聞く耳を持たなさすぎだろ。

 情報も何も無いよく分からん職場に入りたい奴なんているわけない。少なくとも私は入る気はないね。



「我ら近衛騎士団を舐めない方がいい……後悔することになるぞ」

「脅迫のつもりか? 謝る気はない」



 ピリピリとした険悪なムードが漂う。なんで毎回こうなってるんだ?

 王の方は怒ってる様子はないが、特に反応もない。様子見しようってか? その前に部下の躾を済ませてくれ。



「――結局こうなるか。皆様、少々落ち着いてください」



 睨み合いが続く中、背後から聞き覚えのある声が聞こえる。後ろを振り向くと、髪型や服装を整えた黒瀬が立っていた。

 

 って、なんでここに黒瀬が?

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