第16話 相談
ブラックオーガ戦から翌朝。
昨日は宿に帰ったらシエルに怒られてしまった。
どうやら慌ただしい様子だった冒険者から事情を聞いていたらしく、私が迷いの森に行ったために心配していたらしい。
昔から何度も冒険者が宿から出かけては戻ってこない経験があったらしく、帰りの遅かった私もそうなのではないかと思ってしまったようだ。
いつもしっかりしてるシエルが、年相応の泣きそうな顔をしてしまい少し焦った。
実際ブラックオーガには襲われていた訳だが、心配させてしまったな。
次からは無茶はしないようにしよう。
「おはよう嬢ちゃん」
「おはよう。これからか?」
ブラックオーガが解体されている所を見学しにきた。街に運ばれたのは昨日だが、長時間が予想されたため翌日に回されたのだ。
ついでにギルマスといろいろ気になっている事について話していく。
主に金色の瞳についてだ。
「まずは、早い段階でこいつを討伐してくれたことに感謝しよう。危うく街の危機になるところだった」
「昨日も慌ただしい様子だったが、一体何なのだ?」
「あぁ、あんたは冒険者を始めたばかりだったな。なら知らないのも無理はない。このブラックオーガは見ての通り、所謂亜種だ。だがそこはどうでもいい。一番の問題は、こいつが『王の種』であることだ」
「王の種?」
なんだその厨二全開な名前は。
「王の種は、ごくごく稀に生まれる魔物の王だ。金色の瞳を持っていただろ? あれがその証だ」
「それはどんな魔物にもか?」
「全ての魔物に可能性がある。人間や亜人は生まれないんだがな」
亜人は異世界でお馴染みのエルフとかドワーフとかのやつだ。
それ以外にもいろいろな種類がいるらしいが、要するに人間以外の意思疎通が可能な種族という分類だな。
「そんで、王の種には厄介な性質がある。それは普段は群れない魔物でも大規模な群れを作ることだ」
「つまり、オーガの群れが作られると?」
「ああ、そうだ。しかも、群れの個体は通常の個体より数段強くなる。だから本丸を叩く必要があるのだが、こいつはさらに面倒なことに亜種だった。ただでさえ王の種は強いってのにな」
だからかき集められるだけの冒険者を集めていたのか。
オーガは通常は単独で動く魔物だ。多少群れで動いたとしても二、三体が限度なのに、何十何百体もの群れが出来上がったら地獄だっただろう。
たとえ見間違いだったとしても、全力で対応しなければならない案件だったということか。
「なるほど。王の種については分かった。だがこいつは群れなんて作ってなかったぞ」
「それはこいつがまだ産まれたばかりだったからだろうな。不幸なことに、群れを作り始める前にあんたに出会って狩られたわけだ」
つまりまだまだ成長途中だったというわけか。
恐ろしいな。正直今回はブラックオーガの油断をついたような討伐だった。
もし十分に成長していたら、手も足も出なかった可能性がある。
「ま、それでも終わったことだ。嬢ちゃんはいわば、人知れず街を救った影の英雄だな」
「変なことを言うな」
「ハッハッ! 恥ずかしがる必要はないぞ? 十分誇れる名誉だからな!」
別に恥ずかしがってる訳では無い。
必要以上に目立ちたくないのだ。目立つ必要も無いし、目立っていい事もない。
「そんで、嬢ちゃんは嫌がりそうだが、ブラックオーガ、更には王の種の単独討伐の功績はデカい。嬢ちゃんはBランクに昇格できるようになった」
「……」
……失念していた。
オーガはBランクの登竜門と呼ばれるような魔物で、安定して討伐できるようになれば十分な実力があるとみなされる。
その中でオーガでも亜種、更には成体ではないが王の種、それを単独で討伐。
しかも腕の損傷以外にほとんど外傷はなく、なんならその腕も翌日にはほぼ治っていた。
まずい。役満だ。
「ふはっ! 嬢ちゃんの困ってる姿は初めて見たかもしれん。だがまぁ安心しろ。Bランクといっても試験がある。昇格試験を突破しない限りずっとCのままだ。ま、嬢ちゃんは十分な実力があるし、普通なら上げるがな」
そういや試験があると言っていたな。初日に使った闘技場がそうだったか。
「試験はいつでも受けられるから、今でなくてもいい。ただ、俺的にはBにはなっとくことがオススメだ。依頼の幅が広がるし、ある程度の信用の証にできる」
「実力の証明ではあるか。ちなみに試験はどうやるのだ?」
「ハイランクの冒険者が試験官として行う。引退したが、俺がやることも可能だ」
「それは遠慮しておこう」
「つれねぇな。ま、ゆっくり考えるといいさ」
Bランクか……正直、Bになることは容易いだろう。少なくともBランクになっているカーゴに勝ったのだから恐らく試験は問題ないはずだ。
メリットとして、ギルドは一定期間依頼を受けないと冒険者の資格が剥奪されるが、Bランクに上がればほとんど気にする必要が無くなる。
上がってしばらく依頼をこなせば、剥奪されることなく永久的に認められるからだ。
剥奪されたとしてもまた登録し直せば元のランクから始められはするが、登録料に金がかかるし面倒だから魅力的ではある。
デメリットとして、Bからは場合によっては指名されたり招集されたりするらしい。だが滅多にない事だしあまり考えなくていいそうだ。
受けられる依頼の幅も広がるし、これだけだと上がって損はないように思える。
しかし私の本業は一応レナトスの従業員だ。業務に支障をきたすのは良くない。
それに、普通なら数年、人によっては数十年かけて上がるようなBランクにほんの一、二ヶ月程で上がってしまうし、今回のブラックオーガの件もある。
この街にも管轄している貴族がいる。確実に耳に入るだろうし、もしかしたら呼び出しされるかもしれない。
嫌だ。権力者階級なぞ関わるだけ面倒そうだし、どうするか非常に悩むな……。
「うーん……どうしようか」
「もっと気楽に考えてもいいと思うけどな。ほい、ブラックオーガの報奨金だ」
ギルマスから小金貨四百枚と書かれた小切手を渡される。
「まだ解体前だから見込みでの金額だ。後々増えるかもしれんが、一旦渡しておく」
日本円でだいたい四千万くらいか。
暫くは遊んで暮らせるくらいの金額が貰えたな。
ちなみに冒険者ギルドは銀行みたいなこともしている。口座があり、そこにお金を預けれる。世界的に広い組織だし潰れる心配のない優良な銀行だ。
報奨金はそのまま私の口座に預けてもらう。
さて、金色の瞳については聞けたし、試験については一旦保留にしてその場を離れる。
とりあえずレナトスに戻るが、この大金、どう使おうか。普段の冒険者の収入にレナトスの収入もあるから現状あまりお金には困っていない。
物欲もないから結果的にどんどん貯金されていくのだが、この際防具でも買うか?
動きを阻害されるのが嫌だから基本的に防具は着ないのだが、シエルを心配させてしまったし、安全のためにも買うのはありだ。
「ただいま帰りました」
「おう、おかえり」
レナトスに着くと、料理の仕込みをしているイリークさんに出迎えてもらった。
そういえばイリークさんは引退したが元々冒険者だったんだよな? 相談するか。
「イリークさん。ちょっと相談なんですが」
「相談? あのカンナちゃんが悩みなんて、珍しいこともあるもんだな」
かくかくしかじかと事情を説明する。
イリークさんはこの前冒険者になったばかりなのにもうBランクまで来ていることに驚いていたが、ブラックオーガの事情は聞いているしすぐに納得していた。
「まぁいいんじゃねぇの? 上がっちゃっても。困るようなもんでもないだろ?」
「それはそうですけど……」
「カンナちゃんだってずっとここにいると決まったわけじゃないしな。どこでも金を稼げるようにランクを上げておくのは悪くない」
……確かに、私がずっとここにいるとは誰も言っていない。
不思議だ。自然とここから出ることを考えていなかった。それほどここが心地いい空間なんだろう。
「悩みは解決したみたいだな」
「はい、ありがとうございました」
「それは良かった! またいつでも相談してくれや!」
ランクは上げておいて損は無い。何か不都合があったら辞めればいいだけだ。
早速明日に試験を頼もう。