猪突猛進なあの子は省エネを許してくれません④
「えっ……」
公花は蒼白になった。
きっとあれだ。悪い人が弱い者を狙って、お金をむしり取る――。
教師に助けを求めたかったが、学食方面でもない渡り廊下は、お昼休み時間中ゆえに極端に人通りが乏しい。
だが、もっと人目につかないところに連れ込まれでもしたら大変だ。先手を打たねばと、震えながら声を絞り出す。
「は、話なら、ここで……! でも、お金はありません。カラアゲは、悪いことだから……」
「は? 唐揚げ?」
カツアゲの間違いだが、言った本人はいたって真面目。
相手は、意味がわからずぽかんとしている。
なにやら意表をつくことには成功したが、ピンチな状況は変わっていなかった。
「話って、なんですか?」
「いや、実は……ちょっと前から、あんたのこと、その……狙ってたっていうか」
(狙ってた!? もう勘弁して~、怖いよぉ!)
よく見れば相手はもじもじして顔を赤らめ、悪意がないことはわかりそうなもの。
しかし彼は肌が地黒なため、照れている様子は見た目では判別できない。
髪の色が金色なのも、実は趣味の競泳による塩素焼けなのである。
だが、漫画でしか見たことのなかった「不良に絡まれる」という学園あるあるのシチュエーションに、公花の頭の中は危機感に支配されていた。
怯えを見せては、つけこまれてしまう。要は、こいつは獲物にするには面倒だと思わせればよいのだ。
……キッ!
ぷるぷる震えながら、潤んだ丸い瞳で、必死に威嚇するが――。
「やっぱり……(かわ)いい……。あ、あのさ」
ズイズイッ。焦れたように、彼がこちらとの距離を狭めてくる。
(ひぃっ、睨んでるのに近づいてくる!? なんで!?)
だけどこういう困ったとき、やっぱり駆けつけてくれるのは――。
――トン、と後ろから、優しく肩に手が置かれた。
はっと振り返ると、頭ひとつ上の位置から見下ろしている美少年。涼やかな顔をした、蛇ノ目剣だ。
「剣くん!」
公花はぱああっと表情を輝かせ、
(やっぱりね!)
と、双方にドヤ顔を披露する。
「公花。どうかしたのか? ……うちのクラスの風間か」
と言って、男の子のほうをチラリと見る剣。
どうやら不良の彼は、剣と同じクラスの生徒のようだ。
「蛇ノ目……いや、俺は別に」
風間くんとやらは少し気まずそうに、視線を伏せて頭をかいた。
未遂だし、あまり大ごとになっては可哀想かもしれない。
ちょっぴり気を遣って、先ほどの剣の問いに、公花が遠慮がちに答える。
「カラアゲ……じゃなくって、えっとよくわからないんだけど話があるって」
「唐揚げ?」
「?」
三人とも首を傾げ、微妙な空気が流れたが、自らの安全を確信した公花には、謎の余裕が生まれている。
晴れやかな笑顔で風間に向き直り、言った。
「ごめんね、そういうことだから……お力になれず!」
だが、相手はせっかくの機会をふいにされてはたまらないと、食い下がってくる。
「ち、違うんだ。俺はただ、こ、これを受け取ってもらいたい、と……」
「え……?」
彼が、制服のポケットからなにかを取り出す仕草をしたので、一体なんだろうと身構えた。
けれど風間は、ビクッと震えて、まるで金縛りにあったかのように、中途半端な格好で動きを止めてしまった。
どうかしたのだろうか。
彼の手元には、いかつい顔には似合わない薄ピンク色の封筒らしきものが見えているけれど……。
風間は、公花の後ろにいる剣の顔を見て、固まっているようだ。
「えっと、風間くん? 受け取ってほしいものって……」
「あ、あ、その、な、なんでもない! ちょ、用事を思い出した……!」
風間は、世にも恐ろしいものを見たといわんばかりの表情で、息もからがら逃げていった。
「……急にどうしちゃったんだろ?」
不思議に思いながら、公花も自分の後ろを確認するが、そこにはやっぱり剣しかいない。
剣は普段どおりのクールな笑みを浮かべて、わずかに首を傾げて言った。
「さぁな……? それで、どこに行くつもりだったんだ? 職員室に用事でも?」
「あっ、そうだった、違うの! 中間テストの結果が返されたんだけどね、それでね……!」
ふたりは少しだけしっくりくる雰囲気で、並んで教室棟へと戻っていった。
同じ歩幅で、気持ちゆっくりと。なにげないこの時間に、知らず安らぎを感じながら――。
お読みくださり大変ありがとうございました!
もし気に入って下さったら、
下の☆☆☆☆☆からの評価や、ブックマークをしてくださると、励みになります。
続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ




