前世の天敵に遭遇しました②
実は公花には、前世の記憶がある。
遠い昔、西暦一六〇〇年、安土桃山時代と呼ばれたあの頃。
公花は、野山を駆け回る小さなハムスターとして生きていた。
当時、ハムスターは世界でもまだ認知されていなくて、船荷に紛れて日本にやってきた公花は、自分も周囲からも、色違いのねずみの仲間だと思われていたのだが……って、そんなこと今はどうでもいい。
剣は、同じ山に巣くっていた嫌みな蛇だった。
輝く白い鱗がちょっと神々しくて、「イケメンだ」と山の動物たちからは人気を集めていたけれど……もちろん、ハムスターは捕食・被食関係にある蛇が大の苦手。
『ほれほれ、もっと早く走れ。追いついたら、食ってしまうぞ』
『ぴえぇぇぇん』
とまぁ要するに前世では、ハムスターだった公花は蛇であった剣にしょっちゅう追いかけまわされ、食べられそうになっていたのだ。「黒歴史」の文字が脳裏をよぎる。
なぜ今でも前世の記憶があるのかは、公花にもよくわからない。
家族にもそれとなく聞いてみたが、「またアホなこと言って、この子ったら」と一笑に付されて終わった。
どうやら「記憶持ち」は自分だけらしい。その記憶も鮮明なわけではなく、本当にところどころの切り口で、あいまいなものなのだが。
――まぁそんなこともあるのだろうと、気楽に考えていたけれど。
(こんなところで知り合いに遇うなんて! でも、よりによってあの人かぁ……)
思わぬ巡り合わせに、気分はぶっ飛びハムスター。
――これは最近子どもたちに人気のアニメの主人公で、ぶっ飛んで驚いてばかりいるキャラクターなのだが――まさにそんな心境。眠気も吹っ飛ぶ大覚醒だ。
ともあれ、その後は大きな問題もなく、入学式は終了した。
ひとり目をチカチカさせたまま、体育館から退場する。
まぁ、お互いに大勢いる生徒の中のひとり。関わらないようにすれば、特に問題はないだろう。
きっと向こうには、前世の記憶はないだろうし、こちらに興味もないだろうから……。
――なぁんて、高をくくっていたのに。
「おまえ……あのときの月見団子か? まるまるもっちもっちした体で、どんくさく草むらの間を逃げ回っていたよな」
一学年の教室が並ぶ三階の廊下でばったりと出くわした剣は、細い目で公花を見下ろし、薄い唇を歪めて笑った。
(お、覚えていらっしゃる……?)
前世の記憶がある人間って、ありふれているのだろうか?
頭の中はこんがらがってまとまらないが、「天敵」への警戒心は魂に刻み込まれている。逃げなければと思うが、足が竦んで動けない。
恐怖のあまり、彼の背後に、金色の目を光らせ先の割れた舌を出す、白蛇の幻影が見える――。
すれ違う女子たちは、一躍有名になった剣から話しかけられている公花を、羨ましそうに眺めている。
中にはチクチクと嫉妬の視線も感じられ――待って、喜んで代わってさしあげたいのですが!
「そう警戒するな、取って食うわけじゃないんだから。おまえ、現世での名前はなんていうんだ? 懐かしいな。楽しくなりそうだ」
「違います、あずきカチカチ山の私は、私ではありませんっ」
徹底的に他人の振りをするしかない。逃げよう、そうしよう。
ハムスターは丸っこい体とのんきな性格からどんくさい生き物と思われがちだが、ポジティブな猪突猛進気質。回し車を夜通し回し続けるスタミナと、高速の脚力を合わせ持つ、疲れ知らずの肉体派(自称)なのだ。
「……あの山、そんな名称だったか? 五穀御剣山だったと思うが……」
「もうチャイムが鳴るから行かないと! それではさようなら!」
公花は自慢の逃げ足で、廊下から駆け去った。
自分の教室は目の前だったのに、無駄に校舎を一周するはめになり……。
教師からは「廊下を走るな!」と怒られるし、着いたときにはホームルームが始まっていて変に注目を集めてしまうしで散々だ。
そそくさと席についてから周囲をそっと見回してみたが、剣の姿はないようだ。
(よかった、あの人とは別のクラスみたい……)
ほっと胸を撫で下ろしていると、隣の席にいた優しそうな女の子が、小声で話しかけてくる。
「ふふ、もしかして教室、間違えちゃったの? 私、松下くるみっていうの。同じクラスメイト同士、よろしくね」
「うん、私は日暮公花! こちらこそよろしく!」
さっそく友達ができそうで、ひと安心。
だが油断はできない。絶対に、元・天敵とはお近づきにはなりたくない!
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