14話――王都よりも遠い場所⑦
今の岩は、恐らくあの執事の剣によるもの。つまりあいつは魔法剣士ということになる。
(ぬかった! それなら確かに、少人数でも問題ねえ!)
ドルクは、一瞬で女たちの戦力をかなり高めに上方修正する。元来、魔法使いは近づかれたら脆いというハンディを背負っている。故にこそ、高火力で範囲に攻撃出来るのだ。
一方、剣士はどれだけ強くても……一度に振れる剣は多くて二本。射程だって剣が届く範囲まで。故に素早く、頑丈。
しかしその双方の性質を併せ持つ魔法剣士は、弱点らしい弱点は無い。強いて言えば、習得に時間がかかることと……どちらもを一流にすることは殆ど不可能という点だけだ。
逆に言えば、魔法と剣技を一流にまで極めている魔法剣士に弱点は無い。
(今の魔法の速度! 最低でも二級、下手したら一級でも最上位格! しかもアイツ、身のこなしからして剣士が本職! そして剣士としての実力はオレ以上――つまり一級最上位だ!)
つまり女は……一級の剣士と一級の魔法使いを抱えているような物。そりゃ、この人数に単身で突っ込んでくるだろう。
すぐさま正面から戦うことを放棄し、人質がいるというアドバンテージを最大限生かすための陣形に切り替える。
「テメェら、動くなよ! この人質がどうなるか――」
背後を示しながらそう言った刹那、フィンガースナップの音が響く。この鉄火場、まばたきなんてしていない。目を離してもいない。
だというのに、人質が全て消えて……女の馬車の背後に移動していた。
「なぁっ!?!?」
(空間転移の魔法――だと!?)
一人、移動させるだけなら……二級以上の魔法使いでいなくはない。しかし複数人を移動させるとなると、超級の魔法使いでも聞いたことが無い。ドルクが第一騎士団にいた頃、もっとも腕の立つ転移魔法使いが最大三人だった。
「だーかーら! なんでイザベル様は考えないで突っ込むんですか!? あの悪人面の野盗が実は被害者だったらどうするんですか!?」
「全部、グラッスで観測してから突っ込んだじゃない、ちゃんと」
後ろから出て来たのは、十歳くらいのチビ。杖を持っているところからして、超級魔法使いは奴だろう。
そして、非戦闘員だろうか。その後ろからメイドも出て来た。
(か、可愛い)
トップクラスに可愛い女だ。流石にアレが戦闘員はありえまい。ということは、一級魔法剣士が一人に、超級魔法使いが一人。
(チッ、足を潰すか)
既にドルクは、部下を捨てて逃げる算段を付けていた。魔力を剣に籠め、連中の足元をめがけて斬撃を飛ばす。
「フッ!」
「おや、そんな非効率的な技――さては騎士団堕ちだね?」
執事が涼やかな顔で岩壁を地面から出現させる。当然のように斬撃は阻まれるが――その隙をついて、村人に紛れ込んでいた部下が立ち上がる。
「動――がぁっ!?」
「ぎゃああ!」
「――殺気がダダ洩れだ。オレの部下にはいらんな」
しかしすぐさま、ナイフが肩に刺さって倒れ伏す。よく見ると、メイドが太もものベルトからナイフを取り出して投げていた。
「いいわねぇ、スリットから見える生足。やっぱりロングスカートの下は生足よね」
「……イザベル様、なんでこんな時なのに呑気なんスか」
気づけば、部下の殆どは……超級魔法使いの手によってだろう。自分の後ろに転移させられていた。
「さて、まだしとく? 無駄な抵抗」
一人で近づいて来た美女は、勝ち誇ったように笑う。ドルクは歯を食いしばりつつ、屈服したフリをして剣を降ろした。
――あの女を人質にして、形勢を立て直す!
「降伏してもいいわよ? その場合は、ちゃんと自分で穴を掘って埋ま――」
――今!
手が届く範囲に近づいて来た美女の肩を掴み、剣を喉元に突き付ける。次の瞬間訪れたのは、腹部への衝撃だった。
「がっ……はっ……」
魔法防御がかかった、鋼鉄の鎧が粉々に粉砕される。あまりの痛みに失神することも出来ず――脳内に浮かぶのは、まだ新兵の頃の記憶。
第一騎士団としてオーガを退治しに行った時に喰らった、敵の拳。あの時の数十倍の衝撃が、ドルクの全身を貫いていた。
「お、あ……」
朦朧としながら、手に掴んでいる物に体重をかける。倒れないよう、支えにしようとして――
「ちょっ、近づくんじゃないわよ!」
――顎に拳が突き刺さる。空中で十回転し、地面に叩きつけられた。
そのまま意識を手放そうとし――たところで、腰骨に衝撃が奔る。美女に踏みつけられたらしい。
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
自分の叫びで目を覚ます。下半身が動かない、身動きが取れない。
「あ、あ、ゆ、ゆる、ゆるじで」
呂律が回らない、痛みで意識が定まらない――気づけば、ドルクは大粒の涙を流していた。この一瞬で、完全に心をへし折られていた。
「ゆるじで、ぐだざい……も、もうわるざじまぜん……」
「さっき、言ったわよね? 降伏するなら、どうするんだっけ?」
美女の笑顔。教会で読まされた、聖書に載っている悪魔よりも悪魔の顔をしていた。
「あ、あ……あ、あな……ほりまず……」
「掘ります? いいのよ? 別に嫌々掘らなくても。掘りたいって思うまでやっつけるだけだから」
「ぼりまず! ぼらぜでぐだざいいいいいいい!!!」
泣きながら、涙を流しながら懇願する。そんな様子のドルクを見て、悪魔は楽しそうに嗤った。
「ダメ。やっぱ蹴るわ」
「うがあああああぁぁぁああああやめ、あああああ!! だずげで、だれがだずげでえええええええええええええええええ!!!」
絶叫が天に響く。
その声が、誰かに届くことは無かった。
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