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39話――沈黙のイザベル⑤

282部分


「おじさま、仰ることは理解できます。しかし、こればかりは私の力量不足なのです。領民を不安にさせるわけにはいきませんし、これ以上経済や行政を停滞させるわけには行きませんの。お力添えいただいたのに、力及ばず申しわけありません」


 取り敢えず、頭を下げる。しかしセイムス男爵は大きくため息をつくて首を振った。


「領民を不安にさせないというなら、余計に騎士団なんて作ってはならないだろう? 騎士団なんて不安の塊でしか無い。想像してみたまえ、鎧を着て剣を持った人間が街の至るところにいる様子を! そちらの方が恐怖だろう」


 なんでそうなるのよ。よほど領主が悪法で領民を締め上げて無い限り、基本的に騎士団を怖がる人間なんて犯罪者だけよ。

 というか、剣と鎧で武装してる冒険者がその辺にゴロゴロしてるんだから、その論調は無理があるわ。

 私はかなりイライラしながら、それでも平静を保って落ち着いて話す。


「ええ、ええ。そう思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。現在進行系で犯罪行為に走っている方などは、さぞや恐怖でしょう。でもセイムスおじさま、現実的に回っていませんの」


 そう言いながら、私は懐からメモ帳を取り出す。私が皆と協力して作ってる、領地の主要情報や数値をまとめたデータブックだ。

 こうしてまとめて置かないと、それこそ第二騎士団に連携して貰う時とかに手間が増えるからね。


「具体的な数字を出しますが、まず逮捕件数が目に見えて下がっています」


「逮捕件数が減ったのは、犯罪者が減ったからでは?」


「いえ、シンプルに人手が足らないのと領法違反がほとんど取り締まられていないからです」


 第二騎士団の優先は国法を犯したものの逮捕。当然、領法は余裕が無いと逮捕まで動かない。

 この人手不足問題は、十分な人数の領地騎士団があれば全く問題ない。


「そ、それは……その、第二騎士団の怠慢だろう? 無闇に領地騎士団を復活させればいいという話では無いはずだ」


「問題点は人手不足なところですわ。そして第二騎士団も定員は決まっています。ならば、領地騎士団を増やすしかありませんわよ?」


 ぐっと黙り込むセイムス男爵。私は別のページを開き、今度は税収のデータを見せる。


「では次のデータですわ。こちらは行政上の問題ですが、脱税と癒着がかなり深刻ですの」


 脱税に関しては、第二騎士団も取り締まるんだけど……いかんせん領法がほぼ機能していないせいで、脱税かどうかのラインが微妙になってしまっている。

 この辺は勢いで領地騎士団を解体した弊害なんでしょうけど……これらは人手不足さえ解消すれば、出来ることが増えて取り締まりやすくなる。

 当然、領地騎士団があれば問題ないということ。


「それはモラルの問題だよ、イザベル。商会や市民の意識を改革すれば、取り締まられることなく税金を納めるはずだ。行政や福祉は税金によって賄われていると知れば、合理的に考えられるだろう?」


「ええ。だから皆合理的に考えて、『税金をちょろまかしても怒られない領地で働き、行政サービスは税収がきっちりしている所で受けよう』として、本社のみマイターサに置いて他領の支社に全権を置いているペーパー商会が増えているんです」


「そ、それは違法じゃかいか!」


 仰る通り。ただし、国法には違反していない。

 なにせ領法と国法では、税金の納め方や計算方法が違うから。そしてそういう奴らは、国には税金を納めてる。


「人はずる賢いのです。セイムスおじさまが思っているほど、他者を思いやりません」


 理想論は必要よ。そして、ある程度は人の良識やマナーに頼ったルールを作るのは悪いことじゃないわ。

 というか全部管理しなくて良いように、ルールは緩めて人のモラルに任せる部分をあえて作るものなの。

 でもそれは、ルールを破るやつを見逃していいということにはならない。


「騎士団は人手が足りてません。予算にも限りがあります。だから領地騎士団を作って、領地ごとに取り締まらねばならないのです」


「う……いやでも、騎士団があるということは……その……」


 モゴモゴと口ごもるセイムス男爵。もっと感情論か……もしくは別のデータで反論するかと思ったけど、あんまり何も言わないわね。

 この様子だと、反論され慣れてないっぽいわね。


「い、イザベル。しかしこうやって騎士団の人員を増やしてどうする? 最終的に国家が抱える騎士団の武力を増やせば、戦争につながるんだ。キミは戦争がしたいのか?」


「話が飛びましたわ、セイムスおじさま。私は今、行政上の人手が足りないという話をしていますの。武力と外交の話はまた別ですわ」


「騎士団の増員と戦争は地続きじゃないか」


「どれだけ地続きでも、その間に無数の出来事が挟まっていますのよ。あくまで関連のある出来事の一つというだけで、イコールにはなりえませんわ」


 私もカーリーとかレイラちゃんに説教された時に極論に逃げるからわかるけど、お茶を濁しやすいのよね。

 ここまでくれば相手が先に折れてくれるだろうし、一旦この話は終わりね。

 そう思って私がホッとしていると、セイムス男爵はハッとした顔になる。


「センタルハーナ共和国では上手くいってる……と聞いてる。そう、あちらの国では領地騎士団のような私設兵を無くし、国家による統治が恙無く行われいる! しかも既に、暴力を使わないで統治する方法も完璧だという! 暴力のない世界ーーあれこそが国のあるべき姿じゃないか?」


「おじさま、センタルハーナ共和国は他国ですわよ? ルールも文化も全て違う。というか、騎士団を無くしたいのか国家で統制したいのかどっちなんですか?」


 ため息をつく。言ってることが支離滅裂、まるで誰かに操られているかのよう。

 ――誰かに操られている?


「軍備を縮小して、喜ぶのは他国だけですわ」


 センタルハーナ共和国、軍縮派、異様な戦争への怯え。

 ここを一本の糸で繋げるのはかなり強引、というか陰謀論に近い。

 でも、誰かに洗脳されているのなら話は変わってくる。か細い釣り糸が、タコ糸くらいには太くなる。


「他国……? 馬鹿を言うんじゃない。騎士が帯剣して町中を歩いていて、怖がるのは市民だぞ」


「帯剣した騎士が町中を歩くのは、日常茶飯事ですわ」


「それが既におかしいと思わないのかい?」


 おかしくないでしょ……。もはや言いがかりレベルじゃない。抑止のための武力なんて、どこの国どの地域でも必ず持っている物。

 それを自治のために誰に向けるか……という違いでしか無い。

 そして犯罪者は取り締まらないと。蟻の一穴でダムが崩壊するという例えがあるように、軽犯罪でもなるべく取り締まったほうが最終的な治安は良くなる。

 というか魔物がいる世界で、騎士がいなくて良い道理が無いでしょうに。


「まぁ、セイムスおじさまの考えはよく分かりましたわ。来年辺り、どちらかの領地を分割統治させていただいて、そこで理想を叶えてみてはいかがですか? 武力を用いない、平和な世界を」



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