番外編 後編 無敵の笑顔⑤
262部分
「しかしまぁ、だいぶ飲んだねぇ」
私の横で、酔い潰れて完全に寝落ちちゃったイルーナ。彼女を抱き起こし、背負いながら私は肩をすくめた。
「そりゃそうでしょ。この子、無茶苦茶な状況に追い込まれてたのよ?」
あの後聞いた話によると、そもそもお父さんはおらずお母さんは性病で早死に。この子はお母さんの遺言で『身体だけは売らないように』と言われて、冒険者として採集活動を細々しながら配達のお仕事。
ってやってたのに、あのパン一は金を盗むわ騎士団の厄介になるわで。
「最近、金回りが良くなったと思ったらクスリの売人で。しかもやらかしてリンチされて、挙句の果てに妹を売り飛ばす。……まー、悲惨も悲惨」
「アンタ、そんな子ばっかり助けるねぇ」
「私の力、かなり理不尽なのよね。権力的にも、財力的にも――暴力的にも」
私はこの力を、私の使いたいように使う。『大いなる力には、大いなる責任が伴う』なんて思っちゃいない。そもそも、この力ってもともと私の力じゃない物ばっかりだし。
でも――いや、だからこそ、私は私が欲しい物のためにこの力を使うと決めている。私のしたことであれば、その責任を取るのは当たり前だから。
力に責任を求めない。結果の責任を取る。
「だからこそ、理不尽に振るうの。理不尽に振るって、思うままに全部解決する。――その力を振るう相手が、理不尽であればあるほどスカッとするじゃない?」
互いに正義がある、なんてまっぴらごめん。
相手の正義なんて知ったこっちゃない、その代わり私も正義じゃない。
なんてったって、悪役令嬢なんだから。
「……はぁー、野郎がこういうことやってたら止めるんだけどね。ちゃんと救いなよ、領主サマ?」
「あらー? 私、知らなーい」
べぇと舌を出し、サングラスをかける。マゼンタカラーの、夜でも見えるサングラスを。
「今日の私はただの悪役、マゼンタちゃんよ? 間違えないでね、ママ」
「アンタ本当に性格変わったねェ……お母さんともお父さんともまるで似て無いのは昔からだけど、こんなイイ女だったかい?」
領主の屋敷の料理人から、華麗に転身したママには負ける。
私はイルーナを背負ったまま、出口の扉に手をかけた。
「じゃあ、また来るわね」
「あいよ、今度は本命の子と来な」
「多すぎるから、その時は貸し切りにするわね」
そう言いながら、扉を開ける。冷気が私の火照った顔を冷やし、お酒の高揚感を沈めてくれた。
月が明るく、人通りがまばらになった夜道を照らす。もうだいぶ遅い時間ね。
「それっ」
掛け声を上げて、夜を駆ける。
あぁ、素晴らしい喧噪に今日も乾杯。
この子を送り届けないとね。
~
「ん……う……?」
「あら、起きちゃった?」
深夜――。
ベッドで横たわるイルーナが、ぼんやりと椅子に座る私の顔を見つめる。そして数秒固まった後、自分の身体を掛け布団で隠しながらすっ飛んだ。
「えっ、えっ、えっ!!?!?!?!?!!?!?!?!?!!?!? ふえええええええええええええ!?!?!?!?!?! あ、あたしまだ初めてッ! 初めてなのに!?」
「ちょっと、流石に酔い潰れた子にそんなことしないわよ」
慌てふためくイルーナに近づくと、彼女はぶんぶんと首を振って口を開いた。
「じゃ、じゃあ目覚めたら……!?」
「いや、普通にやんないわよ。疲れてるでしょ?」
そう言いながら、私は彼女を無理矢理ベッドに寝かせる。私の着衣が乱れていないのを見て、彼女は少し安堵したようだ。
私はベッドの横の椅子に座り直し、安心させるように笑みを見せる。
「ここは貴女の家よ」
「あ……」
イルーナはそう言われてやっと、自分が自分の家のベッドに寝かされていたことに気づいた様子だった。
そしてぼんやりと天井を見つめると、眠そうに瞼を擦る。
「なんで、あたしの家」
「自分で言ってたじゃない。運んであげただけ」
「……ありがとう」
お礼を言うイルーナは……少しだけ怯えたように窓の方を見る。窓にこじ開けられた跡があったから、恐らくさっきのチンピラどもはそこから無理矢理入ったのだろう。
だから私は彼女の手を握り、笑顔を見せた。
さっき外的を全て消し飛ばした、無敵の笑顔を。
「安心しなさい、アンタが寝るまで側にいてあげるから」
「……えっと、あの」
「大丈夫よ、鍵くらい外からかける方法なんていくらでもあるから。ほら、寝なさい」
「うあ……うん、あの……ありが……とう……」
ぼんやりと意識を手放していくイルーナ。彼女が寝息を立て始めたのを確認して、私は少しだけホッとする。
まさか起きてくると思わなかったわ。
「さてと、後はメモを挟んで……」
この子は適正的に……たぶん、ラピスラズリ商会よりもカムカム商会のフロントの方が良さそうね。最終的には人事の子たちが判断するわけだけど。
メモには『明日、ラピスラズリ商会を名乗る人が来るけれど、その人は私の知り合いだからついて行ってあげてね』と書いておく。
信じてくれるかは半々ってとこかしらねぇ、今日一日で大分好感度は稼いだつもりだけど。
メモを彼女の目に届くところに置き、伸びをしてから玄関の扉に手を伸ばす。
「あー、楽しかった」
そう呟いて、私はイルーナの家を後にする。
家に帰らなくちゃいけないのが、億劫でもあり……素晴らしいことでもあるわねぇ。
~
翌朝。
私は眠い目をこすりながら食卓に来ていた。
「おはよう、皆」
「おはようございますッス」
「おはようございます~」
「おはようございます。遅かったですわね?」
シアンにジロッとみられて、私は苦笑を返す。久しぶりに徹夜しちゃったし、今日はお昼寝でもしようかしら。
(でもやっぱり、夜遊びは良いわねぇ。また近いうちに抜け出して行っちゃおうかしら)
気も抜けるし、楽しいし。お酒も飲めるし、何より可愛い女の子と遊べるし。
なんて思っていると……ユウちゃんが、いつも通り優雅な仕草で紅茶をサーブしてくれた。
「おはよう、女神」
「おはよう、ユウちゃん」
彼女はとっても綺麗で美しい所作で紅茶を淹れると――そっと、私の耳元に口を近づけて来た。
「女神、窓は閉めるようにね?」
「うっ」
ギクッとして、私は背筋を伸ばす。
彼女は苦笑気味に微笑むと、視線を扉の方に向けた。するとそこには食事をふわふわ浮かせて持ってきているカーリーがいた。
……五人分の、食事を。
「イザベル様、おはようございます」
清々しい程の作り笑顔。清々しい程完璧なお辞儀。
彼女は私以外の皆の前に食事を置くと、一切笑っていない眼で私を見つめた。
「イザベル様、何か言うことはありますか?」
前言撤回。
……暫くは大人しくしてた方が良さそうね。




