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番外編 後編 無敵の笑顔④

 そんな益体も無い話をしながら、彼女の手を握って夜の街を歩く。


「あ、こっちよ」


 さて、いくつかある行きつけのお店。その中でも一番気に入っているのがここ……大通りから少し外れたところにある、小さめのバーだ。

 カランカラン……と扉のベルが鳴り、中から品の良い挨拶が聞こえてくる。


「いらっしゃい。っと、マゼンタちゃんか」


「か、ってなによママ。お邪魔するわよ」


 中でグラスを拭いているのは、背筋のピンと伸びたバーテン姿の女性。ワインカラーの蝶ネクタイと、チェックのベストが良く似合っている。

 私がカウンターにつくと、いつも通りウィスキーとベルモットのカクテル……前の世界で言うところの『マンハッタン』を出してくれた。


「ありがとう。相変わらず静かで良いわね」


「煩くても良いんだけどね。それで? また違う女の子連れてんのかい」


 隣に座ったイルーナを見ながら、呆れた声を出すママ。私は苦笑しつつ、彼女に少し注文をつけた。


「ちょっと、ママ。まるで私がとっかえひっかえしているような言い方やめてくれない?」


「あたしゃ事実を言ったまでだよ」


 ママはそう言いながら、イルーナにメニューを差し出す。彼女はそれをジッと見ると……不安そうな顔でこっちを見てきた。


「あ、あの……財布持ってない」


「良いの良いの、ママの奢りだから」


「全部マゼンタにつけとくから気にしなくていいよ。どうせならこの最後のページの……」


「ちょっ、それ三十万ミラもするやつでしょ!? イルーナ、せめてカクテルから選んで……!」


 前の世界で言うところのロマネ・コンティみたいな酒をどさくさに紛れて注文させようとしてくる。相変わらず狡い手を使うんだから。

 結局イルーナはジントニックを頼んだので、二人で乾杯する。


「ふぅ、美味しい」


 辛口のウイスキーと、舌に残るほんのりした甘さとビターさ。そして喉を通る時にカッと熱くなるような錯覚を覚えるアルコール。

 初めて飲んだ時は「大人の味」と思って何も分からなかったけど……今ならその深い味わいを理解出来る。

 美味しい、だけど普通の美味しいとは少し違う複雑な『おいしさ』。

 私がグラスを置くと、同じタイミングでグラスから口を離したイルーナが目を丸くする。


「……美味しい。ただのジントニックなのに」


「それが腕の見せ所さね。はい、ドライフルーツ」


 褒められたからか、ママは少しうれしそうにドライフルーツをイルーナの前に置いた。

 ……私の分は?


「アンタはこれだよ」


 私の前に置かれたのはバナナ一本。なるほど、喧嘩を売ってるなら買ってやろうじゃないの。

 私は勢いよくバナナをむいて口に放り込むと――ママが目を丸くした。


「あんた、凍ったバナナをよく普通に咬めるね……」


「え、凍ってた?」


「砕いてヨーグルトに混ぜると美味しいからそれを出したげようと思ったのに」


 呆れた様子のママ。ふー、なるほど。

 まぁバナナが凍ってても別に甘くて美味しかったからヨシ。


「えっと……いっつも、こんなことしてるの?」


「え、流石に凍ったバナナを直接食べたのは今日が初めてよ?」


「いやそうじゃなくて」


「はい、フローズンバナナヨーグルト」


 トン、と置かれたヨーグルトを食べる。お酒に合うかなと思ったら、ブランデーがかかっていて甘苦くて美味しい。

 シャクシャクとヨーグルトを食べながら、イルーナの方を向く。


「じゃあ何が?」


「いやあの……?」


「ああ、ナンパのことかい? この子、本当に女好きでさ。元気のない女の子を連れてきちゃあお酒飲んで持ち帰ってるのさ。アンタも気をつけた方が良いよ」


 イタズラっぽく笑うママ。私は抗議の意味を込めてふしゃーと威嚇すると、イルーナはブンブンと首を振った。


「ち、違う。あの、さっきみたいに……人助けというか」


「人助けじゃなくて、女の子が困ってたから助けてだけ。いつもはやってないわよ? 夜遊びに出た時だけ」


 そして夜遊びに出るのもそんなに多くない。死ぬ前は会社帰りに毎晩夜の街に繰り出してたけど、こっちじゃそんな機会もとんと減った。


「でもいつもやってないなら、なんであんなに……ぎ、ギリギリに助けに来てくれたの……?」


「可愛い女の子がピンチだと、私のセンサーにビビッとくるのよ」


「か、かわっ」


 ウインクをしながら言うと、イルーナは顔を赤くして口をわぐわぐとさせた。この慣れてない初心な感じもいいわねぇ、素人の子じゃないとこうはいかない。


「可愛いわねぇ、本当に」


 二十歳くらいかしらね、この子は。まだ若いって良いわねぇ。


「もっと飲んでいいのよ、嫌なこと有ったときくらい飲まないと」


 私の言葉に頷いたイルーナは、ジントニックを飲み干す。良い飲みっぷりなので二杯目を頼んであげると、彼女は私をジッと見ながら首をかしげた。


「でもあんなに強いってことは……冒険者?」


「ううん、全然。こう見えても経営者よ?」


 領地を経営しているから嘘は言ってない。まぁ商会も経営してるけど。


「お金持ちかぁ。……いいな」


 ポツリと呟くイルーナ。私は彼女の手にそっと自分の手を乗せて、微笑みかける。


「ママ、彼女と私にフローズンダイキリを」


「はいよ」


 注文してから、私は彼女の手に乗せた手で優しく彼女の手を包み込んだ。

 イルーナは少し頬を赤らめ、私の顔を見つめる。


「お金持ち……っちゃお金持ちだけどね。先代の残した借金が大量にあるから、同時に借金王でもあるのよね」


「えっ……」


 驚いたような表情になるイルーナ。まぁ先代と言っても本人だから若干ややこしいんだけど。

 なんて小難しい設定は置いておいて、私はわざと大袈裟にため息をつく。


「首が回らないのよ、仕方がないんだけどね」


「あ、あの……そ、それなら」


 少し決意を込めた目を見てくるイルーナ。


「た、助けて貰ったし……あたしに、何か出来ることがあるなら――」


 トン、と私たちの前にフローズンダイキリが置かれた。見た目はただのクラッシュドアイスに、短いストローが刺されただけでとてもカクテルには見えない。


「綺麗……で、でもこれ、お酒?」


「立派なカクテルよ。暑い日にはピッタリの、甘くて冷たいお酒。ブランデーチョコが冬の代名詞なら、夏はこれね」


「へ、へぇ……」


 イルーナはおずおずとスプーンを手に取り、フローズンダイキリを一口飲む。すると目をパチクリとさせて私の方を見た。


「美味しい、バナナ味!」


「やっぱりさっきのバナナ、これのためだったのね」


「お望みとあらば苺もあるよ」


 グラスを拭きながら笑うママ。そしてイルーナの方を見ると、やれやれと首を振った。


「しっかし……この子はダメ男に引っかかりそうな子だねぇ。こんな女と来たら見境なく口説く女に引っかかるようじゃ」


「私が口説くのは可愛い子だけよ」


「可愛いの定義が広すぎるんだよ」


 失礼な。我が家は多種多様の可愛い子を揃えているというのに、男の娘も含めて。

 私とママが話していると、イルーナはぼんやりとグラスを眺める。


「こんな美味しいお酒、飲んだの初めて」


「結構苦労してきたのねぇ。まあ、お兄さんがクスリに手を出してりゃそうもなるか」


「そ、そうなの! アイツは本当に酷くて……! お母さんのお金に手を出すし、あたしも変な奴らに絡まれるし!」


 私が水を向けると、イルーナは堰を切ったように喋り出した。今までの不満を全部ぶちまけるように。


「まともに働いてって言ってるのに、全然就職してくれないし。お酒とかクスリとかやるし、意味わかんない可愛くない女の子と付き合うし……!」


 そこまで言って、彼女はぽろっと涙をこぼした。


「昔はあんなに……優しかったのに……!」


 そのまま、顔に手を当てて嗚咽を漏らすイルーナ。彼女の事情は分からないけれど、実の兄があんな風になったら……そりゃ、辛いわよねぇ。

 私は軽くため息をついて、彼女の背をさする。


「お兄さんのことは……まぁ、どうにかしてあげるわ。それよりも溜まってるものもあるでしょ? 全部聞いてあげるわよ」


「…………っ」


 こくこく頷くイルーナ。私は彼女のためにお水を頼んでから、テーブルに肘をついて彼女の顔を覗き込む。

 酒場っていうのは、どんな悲しいことでも飲み干す場所。

 全部吐き出せればいいけれど。

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