番外編 中編 あぁ素晴らしい喧噪に今日も乾杯③
「凄い威力ッスねマゼンタ姐さん! でもあれッスね。もうマゼンタ姐さんは男なんて怖くないッスよね! 羨ましいッス!」
椅子に座り直した私を見て、ラーヤが両こぶしを握ってグッと身を乗り出してくる。なんというか、そんなことを言われたの久々ね。
男、男ねぇ……。
「あーしはぁ……強くなっても、何となく生理的嫌悪感があるわねぇ」
「アタシはもうレイプされ過ぎて慣れた」
オリヴィアがビールを飲みながら言う。嫌な慣れ方、私は彼女の前にズイッと身を乗り出し、ジョッキとジョッキを当てた。
「覚えてる分、仕返ししてあげようか?」
「いいよ。全員、粗末なモン食い千切って魔物の餌にしてやったからな」
あら強い。まぁでも、女の子はそれくらい強く無くちゃね。
「でも怖い……ね。言われてみれば、そんな感覚は無いわ」
「おお……流石マゼンタさん。やっぱ慣れッスか? それとも、強くなることッスか!?」
「別に? 男だろうが女だろうが、関係なく警戒するだけ」
ヤバい人間は、相手の性別なんて関係ない。男だろうが女だろうが……相手の素性が分からなければ警戒するし、素性が分かっていても分かっているなりに警戒する。
性別は警戒の判断基準の一つでしか無い。
「……常在戦場ってヤツかい? 相変わらず、冒険者より冒険者してんねぇ」
「そんな良いモンじゃ無いわ。裏切られたとか、騙されたとか――そんな泣き言を言いたくないだけ」
カーリーのことも、マリンのことも、ユウちゃんのことも、レイラちゃんのことも、シアンのことも。
全員信用しているし、信頼している。うちに来たばかりのシアンはともかくとして……皆、私のために戦ってくれるって信じてるし、逆も信じてくれていると思っている。
だからと言って、彼女らからの信頼は常に一定値だなんて思ってない。
私は私を更新し続ける以上、皆だってそう。だから、一緒にいる人程観察は欠かさない。
……そうじゃないと、悩みだって心配事だって気づいてあげられないからね。
「はぇ……」
ぽかんとするラーヤの鼻を、ルーナが突いた。
「ま、ここまでやれとは言わないけどぉ。慣れておかないと、咄嗟の連携とか出来ないわよぉ」
「うっ……わ、分かってるッスよ。でも……その、姐さんたちはすごいッスけど、うちはそんな風になれる気がしないッス」
「ま、生理的嫌悪感が消える日は来ないでしょうけどぉ」
「アタシも慣れただけだしな」
二人の言葉に、ため息をつラーヤ。そしてムスッと唇を尖らせると、他の冒険者たちを睨んだ。
「でも、男は楽ッスよねー。生きてるだけでこんな風に怯えたりしなくていいんスから。不公平ッスよ!」
ドン! とジョッキを置いて叫ぶラーヤ。オリヴィアもルーナも、苦笑しつつ同意してる様子ね。ここまで言うってことは、過去に余程のことがあったのねぇ。
そんな彼女らに……私はぐいーっとビールを呷ってから、少し昔を思い出して天井を見上げた。
「それに関してだけ言えば、そうかもね。大半の女の子は、男よりも腕力で劣るし」
そのせいで、苦しめられていた女の子はいくらでもいる。前世でも今世でも、救ってあげられた子は総数の極僅かなのだということもよく理解しているつもり。
でも――
「それだけで、楽かどうかを決めちゃあ互いに失礼よ」
「互いに? なんでッスか?」
「『女は股を開けるだけで稼げるんだから、楽で良いよな』って言われたら殺したくなるでしょ?」
頷く三人。実際にそんなことを言われたら、私だって跳び後ろ回し横蹴りからのジャーマンスープレックスでフィニッシュを決める。
「似たようなモンよ。男の苦労は男にしか分かんないんだから、そこをギャーギャー言うとイザって時に連携取れないわよ。そのせいで仲間に迷惑をかけるのはイヤでしょ?」
うっ、と言葉に詰まるラーヤ。この反応からして、クエスト中に男とひと悶着起こしてマズいことになった経験があるわね。
私は苦笑して、肩をすくめる。
「結局、自分の苦労は自分にしか分かんない物よ。だからせめて、相手の苦労を想像出来る人間でありたいわね」
「……その結論はズルいッスよ」
ラーヤはジョッキを傾け、ごくごくと飲み干す。良い飲みっぷりねぇ、ヤケなんでしょうけど。
ルーナはそんなラーヤの頭を撫でると、ニコッと微笑んだ。
「なら、聞いてみよー。ねぇ、男ならではの苦労って何?」
後ろの方にいた冒険者に声をかけるルーナ。なかなかフットワークが軽いわね、この子。
声をかけられたのは……さっき私に腕相撲で負けたマンディ。彼は少し困った顔をすると、他の冒険者たちに声をかけた。
「なぁおい! 男ならではの苦労ってあるか!?」
「ねえだろ!」
「いやほら、責任感とか家を継ぐとかあるんじゃねえの?」
「そんなもん知るか! オレら馬鹿に聞くな!」
「つーか絶対女より楽だろ! 酒飲んで喧嘩して死ぬだけだぜオレら!」
そう言ってガハハハッと笑い出す冒険者たち。カラッとしているというか、何も考えて無いというか。
「あー、禿げるとかじゃねえの?」
「馬鹿、それはテメェだけだろ」
「ンだと!? テメェだって最近額が広がってんじゃねえか!」
「オレのこれは面長なだけだ!」
「何が面長だ、この馬面!」
「ああ!? このサル顔が何言ってやがる! おい、腕相撲だ腕相撲!」
「上等だ殺してやる!」
なんか喧嘩が始まったし、こいつら本当にアホね……。
私が呆れていると、マンディが腕を組んでため息をついた。
「まぁでも、一個あるとするならあれだな。今ここにドラゴンが攻めてきても、オレたち男は逃げらんねぇ」
「あん? 勝てねぇ敵とヤるのは馬鹿のやるこったろ。なんで逃げねぇんだよ」
オリヴィアが眉に皺を寄せて首を捻る。彼女の言う通り、勝てない敵とは戦わないのが冒険者の鉄則――否、全ての『暴』で生きる者の鉄則のはずだ。
特にドラゴンなんて、この場で勝てるのは私だけだっていうのに。
私達のキョトンとした顔を見たマンディは大笑いすると、後ろの馬鹿達に声をかけた。
「そら、女子どもを逃がさねえヤツは男の恥だからだよ。なぁお前ら!」
「「おう!」」
「……そぉんなことしても、モテないわよぉ」
「モテるモテないとかじゃねえよ。男は女子どもの盾になるモンだってガキの頃から教わるんだよ。自分より強いとか弱いとか関係なく――な」
私を見ながら、笑うマンディ。するとラーヤが、ムッと唇を尖らせてからマンディに噛みついた。
「それじゃあなんスか。女は足手纏いだから逃げろってことッスか? おんなじ冒険者ッスよ!?」
プライドが傷つけられたと言わんばかりのラーヤ。言われたマンディは特に気にしていない様子だが、反論もしなさそうなので……私は彼の代わりに、ラーヤの肩を叩いた。
「何言ってんのよ、ラーヤ。ちゃんと聞いてた?」
親指で後ろで騒いでいる男どもを指さし、ニヤッと笑った。
「男が盾になってくれるって言ってんだから、私らは剣になってドラゴンをぶった斬ればいいだけよ」
「……ほえ」
「こりゃ一本取られたな! がっはっは!」
「「「わっはっはっはっは!」」」
一瞬静まり返った後――大笑いするマンディと、後ろで聞いていた冒険者たち。出来ないと思ってるのかしらね。
ビールのジョッキを持ち上げて、振り上げたマンディ。そして大笑いしながら、私と目を合わせた。
「大ぼら吹きだな、嫌いじゃねえぜ」
「あら、やってみせようか?」
「やめとくやめとく、オレも無駄に命を賭けてえわけじゃねえからな。――ってわけで、乾杯!」
「乾杯!」
ガツーン! とジョッキ同士を打ち合わせる。
こうやって取り留めも無い話をするのも――酒場の醍醐味よね。




