番外編 中編 あぁ素晴らしい喧噪に今日も乾杯②
宙を舞うコインをキャッチし、表面を上にして床に置く。これで私の勝ち。
……これ、最初に『冒険者流のコイントス』って紹介されたけど……どの辺がコイントスなのかしらね。運否天賦じゃないから、嫌いじゃないけど。
相手が置いたビールをぐっと一気飲みしたところで……私の横幅の三倍はある樽を担いだ大男が出てきた。
「おお……あの男ってことは! 飲み比べだ!」
「おお、アナコンダだ!」
「”アナコンダ”グリーマンだ!」
まさかの異名持ちが出てきたわね。
驚いていると、グリーマンはドンと横に樽を置いて……椅子を出し、その前に座った。
「マスター! ビールを!」
「あ、それの中のビールを飲むわけじゃないのね」
「? これは空樽だぞ。テーブル代わりだ」
「紛らわしいのよっ!」
私もその辺の椅子をひっつかみ、足を組んで座る。周囲の冒険者どもが固唾をのんで見守る中、マスターがビールを六杯持ってきてくれた。
「吐いたら罰金だ」
「おうよ。……マゼンタ、引くなら今のうちだぜ」
「二つ名を返上しなくちゃいけないってのに、随分余裕ね」
楽しそうににんまり笑ったグリーマン。彼は合図も言わず、いきなりビールを呷った。私も笑顔のまま、ビールを喉に流し込む。
「「ぷはぁっ! お代わり!!」」
夜はまだ、始まったばかりだ。
~
「あー、楽しかった!」
どかっ! と椅子に勢いよく座る。既にそのテーブルについていた女性冒険者グループの、『G・G』達が嬉しそうに笑って迎え入れてくれた。
「いいねぇ、マゼンタ。今日は何人抜きだ?」
ワインをついでくれたのは『G・G』のリーダー、オリヴィアが肩を組んで来る。彫が深くて鼻筋の通った、深い赤のルージュが似合う美人だ。よく手入れされた深い赤色の髪は、腰まで伸びている。
チューブトップにショーパンで、長い脚を組む姿は艶めかしく美しい。
「七人。ちょっと少なかったわね」
女冒険者の殆どは自分の力を誇示するために『髪は長く、鎧の布面積は小さく』するのが一般的。ユウちゃんみたいにスマートな格好の子も一定数いるけど……少なくとも『G・G』の面々は長い髪を纏めて戦っている。
「あのアナコンダに勝つなんてぇ、相変わらず意味が分かんないお腹してるねぇ。アレだけ飲んだのに、体型変わってないしぃ」
気だるげに話しかけてきたのは、副リーダーのルーナ。亜麻色の髪に、垂れ目でおっとりした印象の女の子だ。スリットの入ったロングスカートと胸の谷間を強調した服を着ており、なかなか眼福。
でもこの見た目で斧使いなんだから、人間って凄いわねぇ。
「そりゃ私、どれだけ食べてもすぐカロリー消費しちゃうし」
「羨ましいッスねそれ!」
勇ましい口調の子は、深緑色の髪をしたラーヤ。ユウちゃんよりも高い身長で(百八十五くらい?)、高い位置のポニーテールで括ってるから普通の冒険者よりもかなり大柄に見える。
しかも格闘家として鍛え抜かれた肉体は、スポーティーな魅力を醸し出している。彼女だけは少し露出が控えめで、黒いストッキングを履いてチャイナドレスのような物を着ている。
「良いわねぇ、眼福眼福」
「……アンタ本当に女好きだな」
苦笑するオリヴィア。失礼ね、私は可愛い子が好きなだけで女好きなわけじゃないわ。そう思いながらクルミを指で割って食べていると……何故か、別の冒険者からクルミを投げられた。
「マゼンタ! それ、足の指で割れるか!?」
……いきなり何かしらね。
見れば、向こうでは賭けが始まっている。冒険者酒場では現金の賭け事は禁止されているが、酒やおつまみを賭けるのはセーフだ。胴元がいないとトラブルの元だから、物を買うことで実質的にマスターを胴元にする工夫ね。
……いやそれは置いておいて、なんでいきなり足で割れって話になるのかしら。いやまぁ、想像はつくけど。
私はブーツと靴下を脱いでクルミを掴む。……シアンにペディキュアを塗ってもらったばかりだから、サンダルで来ても良かったわね。
「や、やれるんすか姐さん」
「あら、マゼンタちゃん……爪可愛くしてるわねぇ」
「爪はこの前うちに来た子にやってもらったのよ」
二人に返事をして、私は足の指に力を込めてクルミをべきっとへし割った。あら、案外簡単に出来たわね。
「出来たわよ」
「マジかよ……」
「本当に人間か……?」
「指より難しいだろ……」
なんでやれって言った奴らがドン引きしてるのよ。
私はちょっとイラっと来たので、足の指で割ったクルミを……さっきクルミを渡してきた男に投げつけた。
足で。
「へぶっ!」
クルミがぶつかって一回転する男。冒険者なんだからそれくらい避けなさいよ。
なんてことを考えながら、クルミの破片を払ってからブーツを履き直す。クルミを足の指で割るなんて人生で初めてやったわ。




