番外編 前編 夜を駆ける③
照れながら笑うシルク。私は彼女の頭を撫でながら抱きしめた。
「そう言ってくれると嬉しいわ」
「ありがとうございます。こんな仕事ですけれど、こうして社会復帰出来て――あっ」
ぱっ、と口を押さえるシルク。流石に先輩たちの前で『こんな仕事』という表現はマズイと思ったのだろう。しかし……後ろで控えていた女の子たちは、『あははははは!』と笑い出した。
「別に良いよ、気にしなくて。アタシらだってこんな仕事って思ってるからさ」
「ここにいるのは、昼の仕事が合わなかった子と、ちょっと纏まったお金が欲しい子と……後は怠惰な子らばっかだからねぇ」
「男に騙されてここに堕ちてきた子たちは、みーんなイザベル様が昼職に戻したからねぇ」
ちなみにその時のバカな男たちは、皆カムカム商会の……グレーな所で働いている。流石に女の子を騙して娼館に叩き込んだだけで、レイラちゃん送りにするわけにはいかないからね。
ただ、私が新しく男を送り込むためにそこに行くと……前に送り込んだ男の姿は見当たらないのが困りもの。全員骨と皮だけになっちゃってるから、判別がつかないのよねぇ。
「昼職合わなかったって言っても、夜のお仕事が楽すぎるっていうか」
「そそ、だからここにいるのはみーんな、怠けもの」
「え、えっと……」
なんと言ったらいいのか分からないのか、困惑した表情を浮かべるシルク。私はそんな彼女の頬をムニムニとつまみながら、彼女らの方を見させる。
楽しそうに笑う、彼女らを。
「まー、ぶっちゃけ……後ろ指をさされる仕事よ。私も自分の娘が夜職したいって言いだしたら反対するし、アンタの『こんな仕事』って評価と価値観は持ち続けないと破滅する業界よ」
しかし、と言葉を区切る。
「ただ一方で、彼女らの言う通り昼の仕事が合わない子の受け皿になっている面もあるし、何より娼館があることで性犯罪率が下がるっていう……領主としては見過ごせないメリットがあるの」
だからって必要悪だなんて『綺麗な』言葉で誤魔化すつもりは毛頭ない。
ここは、本来ならば『無い方が幸せ』な場所。でもあることで、様々なメリットが生まれる場所。
皆が平和で清く生きられる世界を目指すのは、ヒーローのお仕事。
でも人間は皆が皆、清き水で生きていけるわけじゃない。ならばせめて、濁った水にも栄養と循環が生まれるようにするのが私のお仕事。
「私は正義の味方じゃないからね。領主として、経営者として……彼女らに敬意と礼を持って接するし、何より彼女らが笑顔でいられる居場所になるよう努力するわ」
そもそも『清濁併せ吞む』って言葉が、自分が『清』側にいるっているって確信を持ってる偽善者のセリフだと思うのよね。




