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36話――涙の数だけ強くなりたい④

 夕方――。

 イザベル・アザレアことシアンは、久方ぶりに自宅へ戻りほろほろと泣いていた。


「ううっ……ひっぐ、ひくっ……!」


 思い入れのある家具、部屋、香り。どれもこれも、二度と手に戻らないと思っていた物。どうしようもなく絶望したあの朝から、やっとここまで戻ってこれた。

 生家に、己がアイデンティティがある場所に。


「あうっ……うぅ、えうっ、ひぅ、ひん……」


 昨日、この屋敷に乗り込んだ時は『懐かしい』程度だった。しかしいざ、こうして自室に通されると涙が込み上げて溢れ出てしまう。

 分けも分からず放り出され、慣れぬ身体で慣れぬ仕事を日中夜。その全てはこの家に帰ってくるための努力だった。

 それが、叶ったから。


「ううっっ……えぅう、あう……ひっぐ」


 膝をつき、雨のように落ちる涙をただただ手で受け止める。今までなら、カーリーなりメイドなりを呼びつけて掃除させていたが……もうそんなことはしない、出来ない。

 二度と追い出されたくないから。


「うう……あああ……うあぁっ、うう……」


 ただただ涙を流す。晩御飯には呼ばれるとのことだったので、それまでに泣き止まないといけない。

 でも今は……今だけは。


「もーちょっと、声を殺して泣きなさいよ」


 ふと顔を上げると、部屋の椅子に……にっくき、ベラ・トレスが座っていた。たった二日で嫌と言うほど目の前の女の規格外っぷりを見せつけられたからか、あまり驚きはない。

 でも、泣き顔を見られるのは恥ずかしいのでそっと顔を隠す。


「な、何の用ですの」


「いや忘れものしたから取りに来ただけ。この前までこの部屋使ってたし」


「そ、そうですかっ」


 なんと無神経な女だろう。

 そう怒鳴ってやりたい気持ちが浮かぶが、すぐに消える。今彼女に構っていられる心の余裕が無い。

 それほど、胸がいっぱいで――


「よく頑張ったわねぇ」


 ――そっと、優しい温もりに包まれた。柔らかい声音、穏やかな手つきで背後から抱きしめられる。

 ゆっくりと……まるで雛を孵す母鳥のように。


「なっ、ななっ」


「暴れない、暴れない。……そうよね、アンタも十代だもんね。ゲームの印象が強すぎて忘れてたけど、まだ十六歳の女の子だものね。どれだけ酷いことをしてても、どれだけ知恵が回っても、どれだけ愛嬌が良くても……そりゃ、家から叩き出されたら心細いわよね」


 なでなでと、頭を撫でるベラ。シアンは咄嗟に彼女を振りほどこうとするが、尋常じゃない腕力でギュっと抱きしめられる。


「きゅっ……」


「あ、苦しい? ごめんごめん」


 死ぬかと思った。

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