35話――デンデデン①
チンピラの統率というのは、楽じゃない。
元1級冒険者、ペイワン・ウォープレインはクズの掃き溜めでため息をついていた。
どいつもこいつも言うことをまともに効かない。敵対業者を逆らえねえ程度にリンチしろと言えば、生きてるのが不思議になるほどグチャグチャに。
女を攫って来いと言えば、処女だったはずがジャンキーのイキ狂いに。
それでもまぁそこそこ使えるから、こうして部下にしてやっているわけだが……自分の椅子の上で、今にも死にそうな肉塊が蠢いていると流石に嫌気がさしてくる。
「おいてめぇら、コイツはなんだ? なんで俺の椅子に置いてんだ」
「あ、お頭。サーセン! いやそいつ、その椅子の彼氏らしくって。取り戻すとか言って暴れたんで、ついやっちまいました」
良く見ると部下共には、ところどころやられた後がある。それだけじゃない、アジトも荒らされている。
ちょっと暴れた……というレベルじゃない。ペイワンは少し苛立ちながら、部下を睨みつけた。
「何人やられた?」
「へ、へぇ……なんか3級冒険者だったらしくって。五人殺されたッス」
「なんか、テメェらには天罰がくだる~とか、懺悔しろ~とか言ってたッス」
「馬鹿が。普段から言ってるだろ! 攫う時は面倒そうなのは避けろと! チッ、テメェらの自業自得だ。犬の餌にでもしとけ」
ペイワンはため息をついて、肉塊をどかす。椅子が「ひっ!」と怯えた声を出したが、気にせずその上に腰をおろした。
途端に崩れる椅子。ペイワンは舌打ちし、部下にナイフを突き刺した。
「ぎゃあい!」
「おい、躾がなってねーぞ。テメェらが言い出したんだろ? 女を攫って椅子にしたら面白いって」
ナイフを刺された部下は、血を流しながらのたうち回る。
その様子を見て、椅子がヒュッと息を呑んだ。
「あ、あ……」
「おい、この椅子もう座れねぇぞ。処分してこい」
「ま、待って殺さないで!」
ペイワンが部下に言うと、椅子が起き上がってすがりついてきた。
「ま、待って! 殺さないで! 椅子、椅子になりますから! 何でも言うこと聞きますから!」
「いや、椅子なんかいくらでもあんだよ。面白いから穴付きの椅子にしてんだろ?」
椅子……だったものの頭を掴み、締め上げる。
「こっちは椅子になってくださいなんて言ってねぇんだ。ん? どうしてぇんだ? 嫌なら良いんだぞ? 別に処分なんか簡単だからな」
肉塊の真横に放り投げると、椅子は恐怖に満ちた顔で固まる。
それなら殺そうか……と言わんばかりに手を伸ばすと、椅子は観念したのか、ぐしゃぐしゃに泣きながらペイワンを睨んできた。
「地獄に落ちろ……アンタ達なんか地獄に落ちろ! そして地獄で懺悔しなさいよ! 私達を殺してぇ! その、その罪を懺悔なさいよ!」
「「「「わはははははさ!」」」」
その必死な形相に、思わず大爆笑してしまう。ペイワンは椅子の頭を掴むと、地面に叩きつけた。
「懺悔? するわけねぇだろ! 確かにオレは外れくじを引いた! だからこんな掃き溜めにいる! だからこそ好きに生きてんだよ! オレが懺悔する時なんて、死んでも絶対にこねぇよ!」
笑いながら、椅子の顔面をぐりぐりと踏み潰す。すると涙のおかげで、ブーツについていた泥が落ちて行った。
「まるで足拭きマットだな。そうだ、テメェは椅子としては無能だったが……足拭きマットにでも転職するか?」
「おー、いいッスねえ!」
「んじゃオレも」
部下たちが一斉に取り囲み、椅子……改め足拭きマットで靴の裏を拭う。一瞬で真っ黒になった足拭きマットは、開き直ったことを後悔したか……ガタガタと震え出した。
「おい、足拭きマット。……楽に死ねると思うなよ?」
「ひぃっ」
ビクッと震え、怯えた声を出す足拭きマット。
そんなあまりに滑稽な姿に、部下たちと共に再度笑い出そうとしたところで――
「お邪魔するわよー」
――扉を蹴破り、女が入ってきた。




