32話――空想錬金読本⑧
完全に文系への憎悪が闇のオーラとして体から噴出しちゃっているわ。
その様子を見たマティルダさんもモナークさんも、流石にドン引きしている。シアンだけはなんかよくわかっていない様子で「怖いですわー」とばかりに震えている。ええい、仮にも悪役令嬢が並みの女の子みたいな反応するんじゃないわよ。
レイラちゃんはその後も三分くらい恨み節を呟き、そして大きくため息をついてから顔を上げた。
「あのー、イザベルさん。この人たちを蹴散らす物見せてもいいですか」
「いや良いけど……簡単にマネされちゃうものはダメよ?」
「大丈夫ですよ。作り方を一から説明したって、これを理解するには五、六十年の修業が必要だと思いますから。ちなみに文系なら理解なんて無理です」
じゃあ私は無理ね。
しかしこのセリフを聞いて、マティルダさんは眉に皺を寄せて冷笑する。
「先ほど、再現性があると仰っていたばかりなのに……そんな物をお見せくださるんですか?」
「はい。再現性があること、論理通りであることと……理解しやすいかは話は別です」
それが専門性ってヤツなんでしょうね。その専門家同士であれば理解出来ることも、門外漢じゃ目を回すしかない。前の世界でだって、理解の及ばない科学は魔法にしか見えなかったんだから。
「誰でも聞いたらその通り出来るなら、この世に専門資格なんて必要ないですから。……それとも、貴方は『薬剤師なんて薬を出すだけなのに、なんであんなに勉強してるんだ』とかほざくタイプですか?」
「ヤクザ……医師?」
「そういえばこっちの世界は、私ら錬金術師が薬作るのが当然でしたね……ああ、本当にストレス」
どんよりとした雰囲気になるレイラちゃん。しかし彼女が何を言っているか分からなかった様子のマティルダさんは、取り合えず黙って彼女の言葉を聞くことにしたらしい。
そして懐に手を入れ……七色に光る妖しい球体を取り出すレイラちゃん。
……って、そこまでやるのねー。
「なんですかこれは?」
彼女が出した物を、当然理解出来ないマティルダさんは眉に皺を寄せる。レイラちゃんはいつも通りの目で、しかし口元だけはニヤッとゆがめてから胸を張った。
「『賢者の石』です。あなた方無知蒙昧な文系以下でもご存じでしょう? 錬金術の目標ですよ」
挑発的な口調で煽るレイラちゃん。……それを見せるなんて、ビックリするくらいで済むならいいけど、やりすぎないでね。
なんて心の中で祈りながら、私は目の前にいる三人にほんの少し同情するのであった。




