32話――空想錬金読本⑥
いきなり語りだそうとしたレイラちゃんにストップをかける。彼女は私に静止されてすぐに口をつぐみ、こちらを見てきた。
「上手いこと乗せられないで。アンタが全部言っちゃったら、取引が成り立たなくなるじゃない」
咎められたレイラちゃんは、口をとがらせ……私を可愛く睨んでくる。背の高い理系ガールにこんな表情されると、撫で回したくなっちゃうわね。
それにしてもレイラちゃんがムキになるなんてねぇ。私は少しだけ彼女にほっこりした後、マティルダさんとモナークさんの方に向き直る。
「そしてアンタたちも、場合によっちゃ私に対する不敬罪よ。私達のことを小娘と舐めるのは勝手だけど……いえ、小娘だからこそ何も考えずにムカつくってだけで不敬罪に問うかもしれないのよ? そこんところわかってる?」
「果たして第二騎士団が、たかがこの程度の侮辱であなたのために動きますかね」
鼻で笑うように言うマティルダさん。なるほどね、この人らはマイターサに領地騎士団が無いのを知ってるのか。
であればこの態度も納得できるけど、同時に余計にむかつく。足でクルミでも割って見せてやろうかしら。
ただまぁ、ここで喧嘩をしてもメリットが無いのはこちら側。カムカム商会の時は、アイツらの脛に疵があるから「こういう領法を作るから」と言って交渉出来たけど、ラピスラズリ商会は特段スキャンダルが無いから違法行為を咎められない。
彼らに効く領法は……今のところ、私の頭では経済を弱体化させる物しか思いつかない。
つまり私が貴族であることのアドバンテージは、難癖付けて逮捕なり商会お取り潰しなどの強権を行使出来ることくらいしか無いのだ。
(で、彼女らは、それをやると私が困ると知ってる……と)
マータイサは、緩くて雑な領法のおかげで経済が回っている。経済が回っているから、このぐちゃぐちゃの財政状態でもギリギリ持ち堪えられていた。
だからここで大きめの商会に出ていかれるとまずい……っていう、諸々を考えたら私はここで強権を発揮できない。それを私が知ってるって判断してるってことは……
「思いの外、私の評価高いのね」
「それは勿論。優秀なブレーンがついていることは知っておりますから」
マティルダさんは慇懃にお辞儀してくる。
優秀なブレーン……ねぇ。
「なんでそう思うの?」
「ほんの数か月前から、明らかに政治が変わりましたから。政治・経済オンチで、金をばら撒くことしかしていなかったのに……まるで中身が別人になったかのようです。ここまで変わるのでしたら、新しくそういった方を雇われたか、別の貴族の方が代理でされているんでしょう?」
アンタの隣にいる上司を刺しまくってるわよそれ。




