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3話――ラウワの帝王-⑤

「別に隠し立てしなくとも。……おい、お前らあの部屋に連れてけ」


「「「へい!」」」


 若い衆が後ろ手で縛られた私を掴んで、歩き出す。カーリーが人質に取られているから、下手な動きも出来ないわね。


「親父、あの部屋ってなんだよ。つかなんで、おじょーさんをやったんだ? 普通に協力した方が旨味あるんじゃねえの」


 マリンがキョトンとした顔で問うと、オルカは首を傾げる。


「ああ、そうか。お前はまだあっちの件には関わってないんだったな。あの部屋を見せれば、なんでイザベル様を捕らえたかすぐに分かるさ。付いてこい」


 不思議そうな顔のマリンを連れ、私とカーリー、そして数名の若い衆はぞろぞろと階下へ向かう階段を歩く。私一人なら逃げるのも余裕だけど、カーリーがこうされちゃうとねぇ。

 そう思いながら彼らについていくと、とある部屋に通された。扉を開けるとそこでは――


「クスリ……ッ、クスリをください……」


「あーうー……ひっ……む、虫が、虫がぁああ! 這いまわってぇ!」


「死にたい……殺してぇ……」


「クスリぃ……あーう……クスリぃ……あー、きれいなおはなー」


 ――地獄が広がっていた。

 部屋中に満ちる甘い匂いは、おそらく麻薬。申し訳程度しか布を纏っていない女性たちが、男に群がって……口では言えない、言いたくないような卑猥なポーズでクスリをねだっている。


「げははははは! んじゃあそうだなぁ……そこのテメェ! ほら、犬の真似でもしてみろ。わんわんーってな」


「わ、わんわん! わんわん!」


「おー、うめぇじゃねえか。んじゃほれ、取ってこい」


「わ、わんわんわんわん!」


 麻薬の袋を投げ、楽しそうに笑う男。別のところでは、裸の男が卑猥な命令を女性に――


「お、おい! 親父、なんだよこれ!」


 マリンが食って掛かる。オルカは一切感情を浮かべていない表情で、淡々と答えた。


「うちのメイン事業だ。クスリを売って、クスリ漬けにした女を売る。裏の奴隷市場や調教屋を通さんでいいから利益率が良いんだ」


 淡々と、そう。

 彼は……目の前で起きる出来事をなんて事のない『事業』として片付けている。

 人間の精神を破壊し、尊厳を凌辱し、権利を剥奪しておいて。

 ただの『事業』として、扱っている。

 人が人を『商品』として扱うのすら吐き気がするというのに――


「おいおいおい、聞いてねえぜ親父。こんな胸糞悪いことやってたのかよ」


「胸糞悪いとはなんだ。お前は私の跡継ぎだということを忘れるな。ただ、これでイザベル様をおつれした理由が分かっただろう。……ただ協力するだけでは、いずれこれがバレる。金貸しと違って、こっちは摘発されてしまうからな」


 オルカはそう言いながら、私の肩に手を置く。なれなれしく、厭らしい笑みを浮かべて。


「さて、イザベル様。今から貴方にあのクスリを打ちます。そして三日か四日ほど、クスリ漬けにしてさしあげます。ご安心ください、貴方のために特濃の物を用意しましたから」


 依存症にして、クスリが欲しければ……と意のままに操る気か。


「しかしまぁ、まさかこんなに上手くいくとは。まずは借金漬けにして、そして返済手段として少しずつ少しずつ強請るネタを手に入れるつもりだったんですがね」


 なるほど、ヤクザの考えそうなことね。


「はっはっは、貴方がブレーンの言うことを聞くお利巧様じゃなくて助かりました」


「オルカ様、こっちのガキはどうします」


「ああ。そっちはマニア用だ。ちょうどいいし、クスリを使ってきっちり調教しておけ。自我は残ってなくていい」


「へい」


 事務的に、ただ事務的に『処理』するオルカ。

 そんな蛆虫を見て、私のはらに沸々とどす黒い物が堕ちてくる。


「さて、では最初の一本です。気持ちいいですよ、二度とこれ無しじゃ生きていけなくなる。まあ、私は使ったことありませんがね。はっはっは」


 地面が揺れる感覚。平衡感覚を失い、脳だけが沸騰していく。

 この感覚には覚えがある。これは、この感覚は――


「あははははははははははははははははは!!!!!!」


 ――私の笑い声が、部屋の中に響き渡った。

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