23話――領主様”拷問”の時間です③
「なん……だ……? ジャンナ、キンスリー……?」
自分の妻であるジャンナと、ガーツーの三人目の妻であるキンスリー。
その二人が――常に手足に枷を付け、逆らうことが無いようにキッチリと躾けたはずの二人が。
人前に出す時以外は粗末な服しか着せず、性的な物も含めありとあらゆる虐待を加えた二人が。
もう二度と、顔を上げて歩けないようにしたはずの二人が。
主である自分を……睨みつけている。
「……貴様らァ!」
咆える。そんな目で睨むことは許可していない。
だが次の瞬間、顔面を踏み砕かれた。
「発言は許可してないわ」
身体が光り、巨大化する。しかしそれを自覚すると同時に、意識を失った。
「ナイスよ、レイラちゃん」
「殺せば元通りになるの、便利ですねー」
意識を取り戻すと、肉体が戻っている。一体自分が何をされているのか見当もつかない。
そして気づけば、自分の横にガーツーが転ばされていた。さらに目の前には……イザベルだけでなく、ジャンナとキンスリーが立っている。
「アンタらが口を開いたら、さっきの薬を打つわ」
その言葉を聞いただけで、心臓が跳ねる。恐怖が脳を襲いそうになるが強引にねじ伏せ、笑って見せる。
「それじゃあ、お二人とも。復讐の時間です。はい、これ」
そう言って二人に何かを渡すイザベル。どうも鞭のようだ。
復讐……ということは、彼女らに相手をさせるのだろう。
だが、そんなものが無意味だとガーワンは知っている。
徹底的に調教した、躾けたからだ。
痛みで教え込んだ、逆らえばどうなるか。命令されねばどうなるか。
とにかくこの二人にはそれを徹底した。絶対に逆らえなくなるよう、意志を、尊厳を破壊しつくした。
例えガーワンが動けなくとも、その恐怖心は絶対に消えない。
「……わ、私は……その……」
案の定、ジャンナは震えながらイザベルから渡された物を受け取らない。ガーワンは笑いながら、口を開いた。
「跪け、ジャンナ」
「ひっ」
ガーワンの言葉に、彼女は反射的に膝を付く。本能にそう刻まれていると言わんばかりの、流れるような動作で。
今まで何度も何度も繰り返させたその動作で。
「不愉快ね」
イザベルはそう呟くと、ジャンナを助け起こす。彼女は抵抗しようとしたが、イザベルの馬鹿力で強引に立たされた。
「違うわよ、アンタがこいつにそうさせるの。――キンスリー、アンタはどう?」
今度はキンスリーに鞭を渡すイザベル。ガーワンは再度口を開こうとして――イザベルに首を蹴られた。
「ッ……!」
喉を踏み潰され、声が出せなくなる。その間にイザベルは、キンスリーの手に鞭を握らせた。
「目を瞑りなさい。そして鞭を振り上げるの。――ガースリーのためにも」
ガースリーのためにも――その言葉を聞いたキンスリーの目に、意思が宿る。そして鞭を振り上げ……ガーワンにめがけて、勢いよく振るった。
しかしガーワンは、その光景を鼻で嗤う。鍛え上げられたこの肉体、たかが女の振るう鞭如きで――
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!
「あっ、がっ、ぐあああああああああああああああああああああ!!!!!」
先ほどの薬の、痛み。それがガーワンの肉体を襲う。今度は脳にまで痛みが響く。
あまりの痛みにのたうち回る――そう、のたうち回れる。
先ほどまでと違い、身動きを取ることが出来る。手足が自由に動く。
それに気づいた瞬間、再度鞭が自らの体を打った。
「んぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!」
「あっ……あああああ……あああ!! 旦那様が、旦那様が……!」
「次! 鞭を打ちなさい!」
「ひっ、はっ、はい!」
「んぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
何度も何度も鞭を打たれる。そのたびに肉体が光り、大きくなるが――一定以上大きくなったところで、意識を一度失って元の肉体に戻る。
意味が分からず混乱していると、イザベルはジャンナに鞭を渡した。
「あ、ああ……」
「アンタの今までの恨み、全部込めるの! いい!? こいつは今、アンタたちよりも下! 外道、ゴミ! 優しさなんていらない、ほら早く!」
「ひ、ひぃっ!」
ぱちぃん!
「あぎゃがががぐげあえええええええええええええええええ!!!!!」
い、た、い。
「そう! いいわよ! もう一回!」
ぱちぃん!
ぱちぃん!
ぱちぃん!!
「ひんっ、ぎっ、んぐああああああああああああああああああああああああ!!!!」
身体は自由に動く。でも、痛みで自由に動かせない。
痛い、痛い、痛い。
身体が、痛い。
「ふ、ふふふ……だ、旦那様が……」
「違う! こいつはゴミ! さんはい!」
「ご、ゴミ!」
「そう! じゃあ次ジャンナ! こいつは豚! さんはい!」
「ぶ、豚!」
「いいわよ!」
ぱちぃん!
ぱちぃん!
ぱちぃん!!
鞭の音が鳴るたび、内臓がひっくり返る。痛みで脳が痺れ、身体中の全てが痛みで機能を停止する。
ただただ痛い、痛い。
「レイラちゃん、ガーツーも並べて」
「はーい」
「ひいいいいいいいいいいいいいい! や、やめて、やめてぇえええ! キンスリー、キンスリー! 僕らは夫婦だ! そうだろう!? それなら、こんなひどいことなんて――」
「貴方が……貴方がわたくしにやったことは! 長年やり続けたことは! こんなものじゃないでしょう!? 毎日のように拷問、もしくは拷問の手伝い! ガースリーを産んでからは、毎晩服も着せずあなたが寝るまでベッドの横で土下座! 口に出すのも憚られるような恰好をさせられ! 自ら考えて卑猥なことをしろと命令された! その屈辱が、貴方に分かりますか!?」
「ひい、んぐああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
キンスリーの目に、怒りが宿る。ちかちかする視界の中、ガーツーがキンスリーに鞭で打たれる。
否――キンスリーがガーツーを見た。それだけで、ガーツーはのたうち回る。
「痛い、痛いッ! やめて、やめてください!!!」
「一度でも! わたくしが何度も何度も泣きながら謝っても! 貴方は止めましたか!? 貴方にやめて欲しい一心で! どんな卑猥なことでもやりました! でも、貴方は止めましたか!? 止めましたか!?」
「いんぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!! あああああああ!! やめ、やめてぇええええええええええええええ!!!」
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!」
「ゆるじでぇえええ!」
ガーツーはズルズルと這って、キンスリーの靴の裏を舐める。縋るように、一心不乱に。あれは彼が、よくキンスリーにさせていた行為だ。
しかしキンスリーの手は緩まない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「あっちは凄いわねー。……それで、ジェイナ」
「は、はい」
彼女が言葉を発した瞬間、ガーワンの肉体にあの痛みが走る。全身が一斉にひっくり返ったのち、足の感覚が失われる。
「これを、ああなるまで躾けなさい」
「……し、しかし……」
「いいのよ。さ、ほら」
そう言われたジャンナは、ガーワンの前に来る。ガーワンは必死に痛みに抗いながら、ジェイナの顔を見る。
「ジャンナッ、ジャンナぁああああ! 止めさせろ、止めさせろ!」
「あっ……あの……あ、貴方が……泣き叫んでいるのを見て……わ、たくし……」
今にも泣きそうな顔になるジャンナ。そうだ、こいつは徹底的に躾けた。絶対に自分の言うことを聞く。
生涯をかけて、躾けたのだ。二度と自分に逆らうことが無いように。その恐怖は消えるはずが無い。
絶対に――
「……泣きそうになるほど、嬉しいのです」
「――は?」
彼女は大粒の涙を流しながら、鞭を振り上げる。
「ちょ、ま」
ぱちぃん!
ぱちぃん!
ぱちぃん!!
「いんぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「貴方が……貴方が叫び声をあげる度。私の心は軽くなる気がします。……イザベル様、ありがとうございます。こんな、こんな復讐の機会をくださって!」
「ん、ようやくいい目になってきたわね。さぁ、やりなさい」
「はい!」
ジャンナがガーワンを見る――それだけで、例の痛みが全身を襲う。のたうち回り、吐き、吐しゃ物に塗れながらジャンナを見る。
「き、きさ」
「死んでください」
「うんぎゃうああああああああうあにあああああいなあああああああああ?!!??!?!?! 痛い痛い、痛いいいいいいいいいいいいいいいいいい!! た、たす、助けてぇえええええええええええええええええええええ!!!!」
失禁、脱糞し……自分の吐瀉物の上でのたうち回る。痛みはさらに激しくなって、それに呼応するようにジャンナの笑顔が深まっていく。
「苦しんでください、一生、二度と忘れられないほど苦しんでください。貴方が苦しめた人々の分、存分に苦しんでください」
「いぎゃあああああああああああああ!!!!!!」
涙を流しながら、イザベルの顔を見る。すると彼女は、優しくガーワンの肩に手を置いた。
「明日になれば、アンタはしょっ引かれるわ。――だからアンタ、今夜だけ我慢すれば終わりと思ってるでしょう?」
慈愛に満ちた、悪魔のような笑み。
「終わらないわよ。アンタに投与された薬は、ジャンナがアンタに怒りを向けた時に……自動でその痛みが発動するの。怒りが強ければ強いほど、その痛みは強まる。アンタがジャンナに許してもらえるまで、一生。裁判の時だろうと、風呂に入っていようと。いつまでもいつまでも――それこそ死ぬまで、一生」
「…………………………あえ?」
言われていることが理解出来ず、口を開ける。しかし彼女は説明は終えたとばかりに、ガーワンに背を向けた。
「大丈夫よ、女は毎月その痛みに耐えてる人もいるんだし。男なんだから耐えて見せなさい」
「苦しんでください」
「うんぎゃうああああああああうあにいなあああああああああ?!!??!?!?!」
イザベルの、話を整理すると。
ジャンナが、許さない限り……この痛みと一生、付き合う必要がある。
一生、このまま。
「いっ……しょ、う……?」
ぐるぐると、その言葉がリフレインする。
脳を巡る、一生という文字。
朝になっても、夜になっても。
何度巡っても、この痛みから……苦しみから逃れることは出来ない。
「あ、指を折るとか楽しいと思うわよ」
「え? あ、本当ですね」
「いぎゃあああああああああああ! やめて、やめてやめてぇえええええええええええええ! 許して、許してください!!! ジャンナ様、ジャンナ様ぁあ! 一生は、嫌だ、嫌だあああああああああああああああああああああ!!!! うええええええええええええええええええええん!!!!!!」
「じゃあ、明日になったら一回迎えに来るわ。それまで楽しんで」
「――はい!」
弾んだ声、明るい表情。
その向かう先は、ガーワンの身体。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」
「ごしゅじ……いえ、ガーワン。今後一切、私のことはご主人様と呼ぶように」
「ごしゅじんさま! ごしゅじんさま! 許してください、ゆるじでぐだざいいいいい!!!!!」
「私の許可が出るまで、口を開かないように」
「……ッ! ……ッ!」
「吐息がもれましたッ!」
ぱちぃん!
「うんぎゃああああああああああああああ!!!! びえええええええええ!!! だずげ、だずげでぇえええええええええええ!!!」
「では次に――」
絶え間なく浴びせられる、異様な命令。
想像を絶する苦痛の中、ふと気づく。
彼女が出している命令は、全て自分が強要していた物だと……。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!! ゆるじでぐだざいいいいい!!!!! ごしゅじんさま! ごしゅじんざまぁあああああああああああ!!!!!!!」
拷問部屋の中、二人分の絶叫が響く。
イザベルとマリン、そしてレイラはゆっくりとその扉を閉めた。
防音処理のされた壁からは、何も聞こえてこない。
今日も、ここでは何も行われていない。




