20話――ぼっち・ざ・とうしゅ!⑥
彼女だけでも逃がさなければ。オレは拳に力を入れて、構える。
「……坊ちゃま。一度でも私に剣で勝てたことはございましたかな?」
剣を抜く、ギルバートさん。いや――ギルバート。オレは体中の汗が冷汗になるのを感じながら、それでも彼を睨みつけて構える。
「ありませんが……だからって退けません。ギルバートさん、なんで祖父につくんですか! あんな外道を……許せるのですか!?」
「……なるほど、坊ちゃまはガーワン様の悲劇をご存じ無い故ですか。生まれつき恵まれている坊ちゃまは、ガーワン様を誹る権利は無いでしょう」
権利? 恵まれている?
意味が分からず混乱すると……ギルバートは祖父を一度見た。
「切ればよろしいので?」
「ガースリーは別に良い。まずはイザベルたちを、動けぬ程度に痛めつけよ」
「御意に」
恭しく笑みを浮かべたギルバートは、オレを見据える。無感情で無機質な瞳で。
どうしたら――などと考える間もなく、口を開く。ただただ悔しくて、それをぶつけるように。
「どうして……ギルバートさんは、ギルバートさんはこんなのおかしいと思わないんですか!」
「おかしいかどうか、などあまり関係ないんですよ坊ちゃま。……生まれながら貴族の坊ちゃまには理解出来ないかもしれませんが、仕事です故」
仕事、仕事か。
人を虐げるのが仕事か!
沸騰しそうになる頭を無理矢理覚まし、オレはイザベル様の手を掴んだ。
「あら、何よ」
「何よじゃありません! 逃げます!」
「――どうして?」
そう言われて彼女の視線の先を見ると、なんと入口も既に騎士によって塞がれていた。三十人ほどいる騎士たちが、ぐるりとガースリーたちを囲っている。
もはや、逃げ場はない。
「――ッ!」
息を呑むが、すぐに違うと思い直す。この場で討取られたら何も残らない、イザベル様の護衛は女性ばかり……今戦えるのは、自分だけ。
ならば、彼女たちを逃がせるのも自分だけ。
「イザベル様! オレが隙を作ります、逃げて!」
そう言ってギルバートに殴りかかる。昔、彼に教わったこと――多人数と戦う時は、頭を真っ先に狙え。
トップがやられたら動揺する。それを付いて、逃げるのだ。
「坊ちゃま、剣で勝てたこともありませんのに……私にどうやって勝とうと?」
回避され、腕を剣で叩かれた。峰の部分だが凄まじい威力で、思わずバランスを崩してしまう。
「うぐっ……!」
「邪魔されてはかないません。先に気絶させていただきます」
剣を振り上げたギルバートは、躊躇いなく振り下ろしてきた。
思わず両腕をクロスするが、受けられないし意味が無い。このままではイザベル様達が危ない、しかしどうすれば。
巡る思考、動かぬ身体。オレはそれでもギルバートを睨みつけ――
「邪魔」
「ぽえ」
――衝撃。
空気が撓み、音が遅れてやってきた。
ガースリーの前に伸びるのは……捲り上げられたドレスから見える、艶めかしく美しい脚。しかしてそれが当たったであろうギルバートの姿が無い。
その代わりに見える、壁に空いた大穴。ちょうど人間が大の字になって激突したら……あんなふうな穴が空くだろうか。
オレがポカンとしていると、遠くの方から木々がへし折れる音が聞こえて来た。どうも館から少し行ったところにある山に……巨大な物体がぶつかったらしい。
「あー、良かった。暴れてくれて」
オレを助けてくれた人は。
「これで思う存分、ぶっ飛ばせるわね」
オレが守らなければならないはずの人で。
「覚悟なさい、悪役としての格の違い――見せてあげるわ」
オレの心を、一瞬で奪っていった。




