16話――しゃる・うぃ・だんす!⑥
「麦の不作については、アンテナを高くしていれば誰でも知りえることです。そして貴方の商会では、ビールを多く卸しているようですから……ビールは高騰しても捌けた、でもその煽りを喰らっておつまみの方は売れなかったんじゃ無いかと思いまして」
ビールが高騰したところまでは、事実として知っている。そして『お酒』と『おつまみ』のどっちが売れるかと考えたら……まぁ、普通は前者だろう。
私の発言に、マグワーク子爵は怪訝な表情のまま、背筋を伸ばして向き直った。
「干物に関しては、そもそも保存食として冒険者なんかが一定以上買うので在庫が余ることは殆ど無い。しかし、君の予想通り……昨年は余ったよ。ただ、君の想う原因とは別要因だったがね」
「あら」
残念、外した。まぁがばがば予測だったから仕方ないけど。
しかし干物みたいなものに強力な競合が出てくるとも考えづらいし、昨年は魚が獲れなかったという話も聞かない。むしろ例年より好調で――
「――例年より安いから、仕入れ過ぎた?」
「……正解だ。このぼくが、仕入数を見誤った」
嘆息するマグワーク子爵。彼はジロッと私を睨むと、口を開いた。
「……よく調べたな、貴族の娘にしては」
「商会を経営しておりますから」
「アザレア子爵が商会を?」
「ええ。先日、カムカム商会を買収しましたわ。腐った商会だったので、浄化も兼ねて。今後は違法奴隷の売買や違法娼館などを潰した上で、金融を中心とした運営をしていく予定です」
「…………驚いた」
たっぷり間を取ってから、口を開くマグワーク子爵。彼は後ろに立つカーリーを見ると、皮肉げに笑った。
「彼女がブレインには見えん。……暗記にしては、さっきの仕入過多について回答が速かった。――アザレア子爵、君にとって労働とは何かね?」
物凄い……なんというか、貴族らしからぬ発言。それと同時に、彼が私に……というか貴族に対して嫌悪感を露にしている理由がなんとなくわかった。
分かった上で、私は笑顔を作る。念のため、本音を言うために。
「私は全ての労働者を尊敬しております。農家も、営業マンも、看護師も、大工も、主婦も。誰かのために掻く汗は、尊い物ですわ」
そりゃ私もサボる時はあるし、サボりたい時もある。でも毎日、一切何もせず自治地で税金だけ貰って威張り散らすだけの貴族については殺意が湧く。
私の言葉を受けたマグワーク子爵は……口元を歪めた。三日月形に。
一瞬、どんな表情か分からず頭にはてなを浮かべたが……すぐに気づく。それが『笑顔』であることに。
「非礼を詫びよう、アザレア子爵。……まさかそんな奇特な貴族が、存在するとは」
「貴方はビジネスの場でも、そんな上から目線で詫びるんですか?」
何となくそう突いてみると、マグワーク子爵は何と口を開けて笑い出した。すると周囲の人が『なんだなんだ』とざわめく。
「あっはっはっは! これは一本取られた。――イザベル様、そう呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。マイケル様」
私が背筋を伸ばして頷くと、彼はスッと私の手を取る。そして手の甲にキスをしてきた。
「ビジネスマンですが……この場には貴族として来ているのでね。詫び方はこれで正しいかい?」
生気の戻った目は、かなり楽しげ。私もちゃんと笑顔になると、スッとスカートの裾を持ち上げてお辞儀した。
「ご機嫌麗しゅう、マイケル様。――後日、使いを寄越しますわ」
「ごきげんよう、イザベル様。――君のためなら、全ての予定をキャンセルして馳せ参じよう」
互いに礼を言って離れていく。いやー、これなら有意義な会話が出来そうね。
「……なんていうか、貴族嫌いなんですかね?」
「たぶんね。既得権益とかそういうのが嫌いで――」
「――失礼」
気配もなく、背後に立たれた。
「「ッ!?」」
私とカーリーが殆ど戦闘態勢で振り向くと……そこには、左右対称の顔をした壮年の男性が立っていた。
「久しぶりだね、イザベル」
マングーの前領主、ガーワン・レギオンホースが。




